「クイックモーション」の版間の差分

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m (→‎脚注: 追記)
野村は最終的に「二盗をアウトにするためには投手の投げるモーションにかかる時間を短くする方法以外に手はない」という結論に達し、投球動作を素早くするクイックモーションを考案する。この提案は投手陣に当初は受け入れ難かったが次第に受け入れられていき、クイックモーションを更に進化させて足をほとんど上げずに投げる「すり足クイック」も考案した。
 
1973年にクイックモーションを多用した南海リーグ優勝を果たした後、クイックモーションは他チームにも広まり盗塁を封じる投法として不可欠なものとなった。
 
クイックモーションが浸透する以前は「盗塁を許したら捕手の責任」と言われていたが、これ以降「盗塁を刺すのは投手と捕手の共同作業」というのが一般的な見解となった。
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