「入れ墨」の版間の差分

内容を精査せずに「入れ墨」へ置換してしまっている部分を元に戻す+α
(内容を精査せずに「入れ墨」へ置換してしまっている部分を元に戻す+α)
{{redirect|入れ墨刺青}}
 
[[File:Jane with Tattoos.jpg|thumb|200px|right|入れ墨の図案例]]
[[画像File:Koi Tattoo.jpg|thumb|200px|right|[[コイ|昇り鯉]]の[[#入れ墨の用語|筋彫り]]]]
 
'''入れ墨'''(いれずみ)とは、針を用いて[[皮膚]]に墨などの[[色素]]を定着させて文様を描くこと、またはその方法で描かれた文様である。<ref>入れ墨の日本語呼称には様々な種類[[#日本|(後述)]]があり、本記事では最も一般的である「'''入れ墨'''」に表記を統一する。
入れ墨の日本語呼称には様々な種類[[#日本|(後述)]]があり、本記事では最も一般的である「'''入れ墨'''」に表記を統一する。
</ref>
 
== 起源 ==
入れ墨は比較的簡単な技術であり、野外で植物の[[棘]]が刺さったり怪我をしたりした際に、入れ墨と同様の着色が自然に起こることがあるため、[[体毛]]の少ない[[現生人類]]の誕生以降、比較的早期に発生し普遍的に継承されて来た[[身体装飾]]技術と推測されている。
 
古代人の皮膚から入れ墨が確認された例としては、アルプスの氷河から発見された5300年前の[[アイスマン]]が有名であり、その体には入れ墨のような文様が見つかっている<ref>[http://gigazine.jp/img/2009/03/30/iceman/ice_07.jpg アイスマンの足に残されていた入れ墨状の文様]</ref>。
[http://gigazine.jp/img/2009/03/30/iceman/ice_07.jpg アイスマンの足に残されていた入れ墨状の文様]
</ref>。
 
また、1993年に発掘された2,500年前のアルタイ王女のミイラは、腕の皮膚に施された入れ墨がほぼ完全な形で残されたまま発掘されている。
*「男子皆黥面文身以其文左右大小別尊之差」(魏志倭人伝)
*「諸国文身各異或左或右或大或小尊卑有差」(後漢書東夷伝)
と、共通した内容の入れ墨に関する記述が存在し、入れ墨の位置や大小によって社会的身分の差を表示していたことや、当時の倭人諸国の間で各々異なった図案の入れ墨が用いられていたことが述べられている。[[魏志倭人伝]]では、これら倭人の入れ墨に対して、中国大陸の[[揚子江]]沿岸地域にあった[[呉越]]地方の住民習俗との近似性を見出し、『断髪文身以避蛟龍之害』と、他の生物を威嚇する効果を期待した性質のものと記している。
 
== 目的 ==
有名な例では[[ナチ]]の[[親衛隊 (ナチス)#制服|親衛隊員]]が、戦闘中に負傷した際に優先的に輸血を受けられるよう左の腋下に血液型を入れ墨([[:en:SS blood group tattoo|{{de|SS blood group tattoo}}]])していたほか、[[アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所|アウシュビッツ]]などの[[強制収容所 (ナチス)|強制収容所]]に収容された人々は腕に収容者番号を入れ墨されていた。
 
人間以外の家畜やペットに対しても個体認識のために入れ墨や焼印が行われて来た歴史があり、かつての欧米では囚人の管理用に広く用いられたほか、近年でも[[ユーゴ内戦]]時の各収容所において入れ墨による識別が行われていたことが知られている。
 
また、こうした強制的なケースばかりではなく、出漁中に事故に遭う可能性のある漁師が、身元判定のために入れ墨するケース(類似に[[木場]]の[[川並鳶|川並]]が好んで入れていた「深川彫」など)や、首を取られてしまえば身元不明の死体として野晒しになるおそれのあった日本の[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の雑兵が、自らの氏名などを指に入れ墨したケースなども知られている。
=== 刑罰 ===
罪を犯した者に対して顔や腕などに入れ墨を施す行為は、[[古代]]から[[中国]]に存在した[[:zh:五刑#奴隸制五刑|五刑]]<ref>五刑者,一曰'''墨''',于額上刺字,凃之以墨也;二曰劓,割鼻也;三曰刖,斷足也;四曰宮,男子閹割(男性器の切除・破壊),女子幽閉(子宮・輸卵管の摘出)也。五曰大辟,極刑(様々な[[:zh:死刑#中國古代的死刑|処刑法]]が存在した)也。
<br/>《尚書·呂刑》云:「墨罰之屬千,劓罰之屬千,刖罰之屬五百,宮罰之屬三百,大辟罰之屬二百,五刑之屬三千。」</ref>のひとつである'''墨'''(ぼく)・'''黥'''(げい)と呼ばれた刑罰にまで遡るとされる。
</ref>のひとつである'''墨'''(ぼく)・'''黥'''(げい)と呼ばれた刑罰にまで遡るとされる。
 
墨刑は額に文字を刻んで墨をすり込むもので、五刑の中では最も軽いものだった。[[前漢]]の将軍・[[英布]](黥布)は若い頃に顔に罰として入れ墨を施されたことから逆に自ら黥を名乗ったと伝えられている。
 
『[[日本書紀]]』中にも、[[履中天皇]]元年四月に、住吉仲皇子の反乱に加担した阿曇野連浜子に『即日黥』(その日に罰として黥面をさせた)との記述<ref>
[[File:Kamaka swing.jpg|thumb|140px|right|[[オカルト]]的な図案「サクヤン」を[[#性的装飾|性的装飾]]に用いた例]]
 
米国における入れ墨は、1960年代末に世界的に流行した[[ヒッピー|ヒッピー文化]]([[大麻]]や[[LSD]]などの嗜好や[[カルト宗教]]への帰依などを特徴とする)に取り入れられて成長したため、その図案や表示するメッセージなどにおいて両者は不可分の関係にあり、ドラッグ・カルチャーとの関連からヒッピー達が好んだ[[ヒンドゥー教]]や[[チベット仏教]]に由来する[[梵字]]<ref name="Tatoo_NSakai" />や[[オカルト]]的な図案が多く好まれていた。
<ref name=Tatoo_NSakai />
や[[オカルト]]的な図案が多く好まれていた。
 
近年の日本では、ヒッピー文化の影響を受けた両親を持つ[[団塊ジュニア世代]]以降の若年層に[[ヒッピー#第2世代から現在(1990年代前半 - 現在)|第2世代ヒッピー]]が、ファッションとしての意味合いで入れ墨を施すことが流行している。
 
こうした大衆社会の風潮に対して、大手企業を中心としたマスメディアでは「入れ墨」を従来の入れ墨と同様に反社会的なサインとして関連付けて報道した例
<ref name="Tatoo_NSakai">[http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090808/crm0908081828011-n1.htm 【酒井法子逮捕状】梵字の入れ墨に激やせ…“異変”の兆候]
<br/>MSN産経ニュース 2009年8月8日
<br/>梵字で[[オーム (聖音)|オーム]]を示す呪文が蓮の花に乗っている図案の入れ墨が[[酒井法子]]の左足首に彫られていたことを示す写真が掲載されている。この件に関してTV局のインタビューに答えた彫師は、問題の梵字の意味を知らず、蓮の花から連想して「“一蓮托生”の意味だ」などと語り、図らずも日本の彫師が梵字を図案としてしか認識していない、理解度の低さを露呈してしまった
<br/>この件に関してTV局のインタビューに答えた彫師は、問題の梵字の意味を知らず、蓮の花から連想して「“一蓮托生”の意味だ」などと語り、図らずも日本の彫師が梵字を図案としてしか認識していない、理解度の低さを露呈してしまった。
</ref>
が見られる。
 
=== 性的装飾 ===
[[画像File:Tattoo_Belly.jpg|thumb|180px|right|性的装飾としての入れ墨]]
[[File:Hogtied on the carpet.jpg|thumb|180px|right|入れ墨緊縛の例]]
 
主に性的サービス業に従事する女性が、男性の性的興奮を高める性的装飾として入れ墨を施す文化が各国に存在しており、女性器の周辺を装飾している場合も多い。
 
性的パートナーに対する服従や、仮想的な所有関係を示すために入れ墨を入れる事例も存在する。日本においては、暴力団関係者の性的パートナーとなった女性が、他の男性に対して一般の女性とは異なる存在であることを明示するために入れ墨を入れる。
 
日本においては、日本画家の[[小妻要]](小妻容子)の描く“入れ墨刺青美人画”や“入れ墨刺青緊縛画”のように、入れ墨の性的側面や嗜虐性を強調した独自の絵画ジャンルも存在する。
 
東南アジアの一部の国においては、適齢期に婚期を逃した独身女性が眉部に太幅の眉毛の形状(ちょうど日本の[[バブル期]]に流行した眉毛の形である)に入れ墨を施すことで、特定の男性に限定されずに幅広く恋愛を行う意思(=売春への誘い)を示すサインとする習俗がある。
 
== 結社と入れ墨 ==
日本の[[暴力団]]や中華系の[[幇]]など、反社会的な組織の構成員の多くが入れ墨を入れている。欧米においても、ロシアのマフィアや米国の[[白人至上主義]]団体が入れ墨を構成員の象徴として用いている。
 
日本の暴力団関係者が入れ墨をする理由としては、社会からの離脱と帰属組織への忠誠を表す、痛みに耐えて消えない刻印を背負うことで覚悟を示す、また「彫り物をしている」と流布することで周囲を威圧する、等が挙げられる。その図案は日本の伝統的な題材を描いたいわゆる「和彫り」が主流である<ref>暴力団関係者に必ず入れ墨があるという訳ではなく、[[安藤組]]のように入れ墨を禁止する暴力団も存在した。1992年の[[暴対法]]施行以降は、暴力団組織の[[マフィア]]化(地下組織化)が進行したため、一般人に紛れて生活する上で不都合な入れ墨をしない構成員が増えている。</ref>
<ref>暴力団関係者に必ず入れ墨があるという訳ではなく、[[安藤組]]のように入れ墨を禁止する暴力団も存在した。
<br/>1992年の[[暴対法]]施行以降は、暴力団組織の[[マフィア]]化(地下組織化)が進行したため、一般人に紛れて生活する上で不都合な入れ墨をしない構成員が増えている。
</ref>
 
特定の犯罪組織への帰属を示す入れ墨の存在により当該犯罪組織からの離脱が困難になる場合があるため、米国においては自発的な犯罪組織脱退者に対して入れ墨除去手術の費用を公的に負担する場合がある。
; シャッキ
: 手彫りの音
[[画像File:GOGO-TATTOO-NOV05-023-19A.JPG|thumb|180px|right|マシーン彫りの様子]]
; 機械彫り(キカイ・マシーンボリ)
: 磁石の磁力または、モーターの回転運動を用い、機械の上下運動により肌に針を刺す。束ねられた針には、浸透圧により墨が蓄えられる構造。
: シェーディングを行うための「シェーダー」と呼ばれる入れ墨器具。シェーディングとは、ツブシやボカシ、カラー等の施術を指す意味の用語。
; 半端彫り(ハンパボリ)
: 彫りの痛みに耐えられない、費用が続かないなどの理由により、入れ墨が途中で終わっていること。
; 白粉彫り(オシロイボリ)
: 血行が盛んになると浮き出ると言われている彫り物のこと。創作上のものであり、現実には不可のうである。蛍光塗料を用いて、[[ブラックライト]]に浮かび上がる入れ墨は存在するが、通常の状態でも絵は見える。
 
尚、器具を使ったから「洋彫り」、手で彫ったから「和彫り」とは一概に分類できず、絵の画風や全体の様子で判断する。和風の絵でも筋は器具で、ぼかしは手彫りで行うなど、手法は彫師により千差万別である。
入れ墨のファッション化がいち早く進行した日本国外からは沢山の観光客が日本の伝統的な入れ墨彫り師の元を訪れるようになっており、将来的には貴重な江戸の伝統文化として観光客誘致の材料にもなりうる。
 
欧米では漢字を入れる入れ墨が流行しているが、漢字を母国語として使用する人々からみると、その意味などが奇妙に見えてしまうことがある。同様のことは日本の[[梵字]]ブームについても当てはまり、彫師が梵字の意味を知らないまま依頼者の信用へ重大な影響を与えかねない図案を入れてしまった例<ref name="Tatoo_NSakai" />もある。
についても当てはまり、彫師が梵字の意味を知らないまま依頼者の信用へ重大な影響を与えかねない図案を入れてしまった例
<ref name=Tatoo_NSakai />
もある。
 
=== 美容用途 ===
[[File:Mehndi amk.jpg|thumb|180px|right|ヘナを用いて手に文様を描く[[印僑]]女性: シンガポール]]
 
女性の眉や唇などに針の深度を浅くしたアートメイク・入れ墨タトゥー(数年で薄くなるが完全に消えはしない)を施すほか、南アジアやアフリカの女性が施すヘナ(植物性の染料)を用いて手に模様を描く(染料なので消える)ことが行われている。
 
[[:en:Temporary tattoo#Temporary airbrush tattoos (TATs)|TATs]]と呼ばれるエアブラシを用いて皮膚表面に色素を定着させ、針を使った入れ墨に近い描画を可能とした技法も存在する。この手法では一度描いた文様を油性溶剤を用いて消し去り、新たに描き直すことも可能であるため、一般的な入れ墨では忌避されるような図案であっても大胆に描くことが可能であり、入れ墨を入れる前に図案が自分に合うかどうか事前に確認する用途にも用いることができる。
 
また、神社の祭礼時の出店などで良く売られている、模様の印刷された極薄のフィルムに超微粒子の顔料を使用した、[[プラモデル]]の耐水[[デカール]]の様に肌に転写する「入れ墨タトゥーシール」もあり、ファッションの一部として用いられているが、こうした“消せる入れ墨タトゥー(入れ墨)”の存在が「入れ墨は消せないが、タトゥーは消せる」といった誤った認識を一般人の間で蔓延させる要因ともなっている。
 
美容用途の入れ墨は人間以外に対しても行われており、色素が薄い白毛の犬などの鼻部に生じてしまう[[白斑]]を隠すために黒色の入れ墨を施し、[[ドッグショー]]での評価を上げるケースなどが知られている。
 
=== 医療的側面 ===
[[オートクレーブ]](加圧加熱滅菌)などでは、血の固まりの中のウイルスや変質した蛋白質を死滅させることはできず、通常の針の殺菌・滅菌処理では、ウイルスの感染を防げない。特にC型肝炎の伝染に注意する必要が有る。そのため、血液の付着する針やインクは毎回使い捨てにするのが普通である。
 
また、入れ墨を入れた者に対しては[[MRI検査]]を行うことはできない場合がある(特に日本で)。これは欧米で普及している金属のラメ入りのメタリックカラーの入れ墨インクがMRIに反応して火傷をおう事例が有るためである。しかし日本の入れ墨スタジオで用いられている入れ墨用インクには金属が含まれていないため、MRI検査にも問題がないが、日本の伝統的な入れ墨には発色を良くするために金属を含んだ色素が使われている場合があるため、知らずにMRI検査を受けてしまうと火傷を負ったり、入れ墨が変色したりする場合がある。トラブルを避ける目的からも、事前に問診表などで確認される場合がある。
日本において入れ墨が施されて来た理由は、身体装飾・個体認識・社会的地位や身分の表示・宗教上の理由など多種多様であり、その歴史的経緯はいくつかの曲折を経たため、多様な呼称が存在する。
 
かつては'''入れ墨'''(江戸時代の刑罰に由来する)や'''彫り物''' が多く用いられた。近年では小説『[[刺青 (小説)|刺青]]』、映画『[[TATTOO<刺青>あり]]』
<ref>映画『[[TATTOO<刺青>あり]]』の作品タイトルは、[[三菱銀行人質事件]]で射殺された犯人([[宇崎竜童]])の遺体が司法解剖される際に、外観所見を述べた[[検視官]]の言葉であり、犯人が背中に入れ墨を入れる苦痛に耐えながら彫師([[泉谷しげる]])に少年時代に犯した最初の強盗殺人の顛末を語って聞かせるなど、入れ墨が重要なモチーフとなって作品が進行する。
</ref>
、[[中森明菜]]の楽曲である『[[TATTOO (中森明菜の曲)|Tattoo]]』や、ロシアのアイドルユニットである『[[t.A.T.u.]]』といった[[ポップカルチャー]]の影響から、'''刺青'''や'''タトゥー'''と書かれることも多くなった。
 
<ref>2009年8月の時点におけるGoogle検索でのヒット数を比較すると、
ただし、メディアでの報道表記や各都道府県・自治体の[[青少年保護育成条例]]等では、現時点においても'''入れ墨'''が用いられていることがある<ref>[http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100909-OYO1T00475.htm 中3に入れ墨 彫り師修業の男を容疑で逮捕…兵庫県警] YOMIURI ONLINE 2010年9月9日</ref>
<br/>タトゥー に一致する日本語のページ 約 2,150,000 件
<ref>[http://web.pref.hyogo.jp/contents/000146014.pdf#page=8 第5章青少年の健全な育成を阻害するおそれのある行為の禁止等(入れ墨を施す行為等の禁止)](PDFファイル) [[兵庫県]]青少年愛護条例</ref>
<br/>刺青 に一致する日本語のページ 約 1,120,000 件
<br/>入れ墨 に一致する日本語のページ 約 562,000 件
<br/>彫り物 肌 に一致する日本語のページ 約 219,000 件
<br/>との結果が得られた。
</ref>
ただし、メディアでの報道表記や各都道府県・自治体の[[青少年保護育成条例]]等では、現時点においても'''入れ墨'''が用いられていることがある。<ref>[http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20100909-OYO1T00475.htm 中3に入れ墨 彫り師修業の男を容疑で逮捕…兵庫県警] YOMIURI ONLINE 2010年9月9日</ref>
<ref>[http://web.pref.hyogo.jp/contents/000146014.pdf#page=8 第5章青少年の健全な育成を阻害するおそれのある行為の禁止等(入れ墨を施す行為等の禁止)](PDFファイル) [[兵庫県]]青少年愛護条例</ref>
 
このほかにも、
*'''入れ墨'''、'''剳青'''、'''刺青'''(いれずみ/しせい)
*'''文身'''(ぶんしん)、'''紋身'''(もんしん)
*'''倶利迦羅紋々'''(くりからもんもん)<ref>「倶利迦羅紋々」とは[[不動明王]]が姿を転じた[[倶利羅竜王]]から転用された言葉であり、その姿が江戸時代に好んで入れ墨の図案とされ、現代でもこれを[[博徒]]が好んで入れることから付けられた入れ墨の別称であり、略されて「紋々」とも呼ばれる。</ref>
*'''黥'''(げい)、'''彫り物'''(ほりもの)
*'''紋々'''(もんもん)、'''入れ墨タトゥー'''
など様々な表現で呼ばれており、入れ墨を施す行為も'''墨を入れる'''、'''彫る'''などと表現されるほか、苦痛と金銭的な負担をかけて『'''がまん'''』と呼ぶ場合もあるとされる。
 
また、日本の伝統的な入れ墨を'''和彫り'''と呼ぶのに対して、欧米における入れ墨の呼び名である入れ墨タトゥー([[:en:tattoo|''Tattoo'']])を'''洋彫り'''と呼び分けている場合もあるが、両者に本質的な違いはなく、図案や描画の技法に違いがあるのみである。
 
==== 法律・社会的制限 ====
[[File:Yakuza sign near Sento.jpg|thumb|right|140px|公衆浴場での告知例]]
 
入れ墨に対する法的規制は、敗戦後の1948年(昭和23年)の新軽犯罪法の公布とともに解かれたため、現在の日本では入れ墨そのものに対する規制は存在しない。かつては入れ墨を入れた者は全て暴力団構成員と認識され、公衆浴場([[温泉]]、[[大浴場]]、[[サウナ]]、[[銭湯]]、[[スーパー銭湯]]、[[健康ランド]]など)や遊園地、プール、海水浴、ジム、ゴルフ場等への入場を断られることがあった。
 
これは入れ墨をそれとなくチラつかせることで威勢を示す手段として用いられていたためだが、近年では外国人観光客の多くがファッションとしての入れ墨を入れており、国内の若年層にもファッションとしての入れ墨が増加し始めているため、{{要出典範囲|90%以上の温泉で「目立たなければOK」「サポーターや絆創膏、テーピング、タオルなどで隠せばOK」という柔軟な対応をはじめているのが実状である。|date=2012年2月}}インターネットの掲示板などでは「入れ墨があっても入れる温泉情報」も公開され、愛好者の不便さも解消されつつ有ると言える。
 
入れ墨をした者の入場が禁止されている公衆浴場などに入れ墨をした者が入ると[[住居侵入罪]]の構成要件に該当し、入れ墨をした者が退場を求められても従わなかった場合は[[不退去罪]]の構成要件に該当する(刑法第130条)が、適用例は存在しない。
[[司法]]当局は入れ墨の有無を当人の社会的スタンスを示す明確な指標として認識しており、逮捕された者は留置施設において入れ墨の有無確認とその写真を撮影される。
 
[[警察]]・[[検察]]での取調べや公判に際しては、入れ墨の存在が担当官の心証に反社会的性向の象徴として捉えられるため、結果として量刑に影響を与えることが多かったが、近年のファッション入れ墨タトゥーは反社会性よりも音楽やアニメ、ファッションなどのサブカルチャーを通じた”同趣向”を表現するためのものに変化してきており、大衆の実情と法曹界の対応に落差が生じ始めている。
 
入れ墨は江戸時代以降は刑罰の一種であり、現在でも[[暴力団]]関係者の[[象徴]]として用いられることがあるため、良い印象は持たれておらず周囲の人々から悪い噂を立てられることが多かったが、近年に入り、日本国外での入れ墨のファッション化についての情報が日本国内にも流入していることから、差別感情や偏見も徐々に解消されつつある。
 
入れ墨をしていれば就職採用に当たり身体検査のある大企業への就職や、[[客室乗務員]]、[[公務員]]への就任は困難であり、女性の場合には結婚に際して、年配者からは過去の生活態度について疑念を持たれるる傾向があった。しかし一方で、「入れ墨のファッション化」や一時的に入れ墨を隠す特殊塗料の技術が向上している。
[[NHK紅白歌合戦]]では、[[2002年]]に入れ墨を露出させて歌った者がいて、そのことに関する抗議が殺到したため、翌[[2003年]]以降入れ墨を露出させての出演が禁じられている。入れ墨のある出演者は、入れ墨が露出しない服装にするか、[[化粧]]などで入れ墨箇所を塗り隠さなくてはならない。
 
また、生命保険会社は暴力団関係者の加入を断っているため、申込者に入れ墨があることが明白な場合、その加入を断るケースがあった。しかし、ファッションとしての入れ墨が認識され始めたため、入れ墨の程度によっては保険契約を結ぶ生命保険会社が多くなっている。
 
==== 日本の入れ墨の歴史 ====
===== 上古まで =====
[[縄文時代|縄文]]・[[弥生時代|弥生]]期の日本は、世界でも有数の入れ墨文化を有していたと考えられているが、集権国家が形成されはじめた[[古墳時代]]になると、人物を模った[[埴輪]]の表面は文様を持たない簡素なもの<ref>埴輪の中で最も多い[[弁柄|ベンガラ]]による着色を、縄文時代の葬送文化から続く赤色嗜好の反映とみなし、人口の増加によって手間と時間がかかり、施術時に感染症のリスクがある入れ墨よりも、簡易な[[ボディペインティング]]が主流となった反映と解釈する視点が存在する。</ref>となるため、これをして入れ墨の風習が廃れたと主張する意見がある。
<ref>埴輪の中で最も多い[[弁柄|ベンガラ]]による着色を、縄文時代の葬送文化から続く赤色嗜好の反映とみなし、人口の増加によって手間と時間がかかり、施術時に感染症のリスクがある入れ墨よりも、簡易な[[ボディペインティング]]が主流となった反映と解釈する視点が存在する。
</ref>
となるため、これをして入れ墨の風習が廃れたと主張する意見がある。
 
また、古代の[[畿内]]地方には入れ墨の習俗が存在せず、入れ墨の習俗を有する地域の人々は外来の者として認識されていた、との主張も存在する。
を論拠とするものである。
 
これに対して、顔に入れ墨と思しき線が刻まれた人物埴輪が[[畿内]]地方からも出土<ref>入れ墨と思しき線が刻まれた人物埴輪の[http://www.city.ichihara.chiba.jp/graph/ichihara0510/waza/images/photo04.jpg 例1] [http://pds.exblog.jp/pds/1/200803/15/33/b0041933_10395462.jpg 例2] [http://pds.exblog.jp/pds/1/200803/15/33/b0041933_10274971.jpg 例3] [http://hmuseum.doshisha.ac.jp/html/display/tomb/k5.png 例4] [http://selfpit.way-nifty.com/081029_10.jpg 例5] [http://www.kashikoken.jp/museum/permanent/kofun/image/iwami-haniwa.jpg 例6] [http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/center/relics/art/details/img/2032-14.jpg 例7]</ref>している例や、出土地域による図案の違いから類型化もなされている事実などが、反証として挙げられている。
これに対して、顔に入れ墨と思しき線が刻まれた人物埴輪が[[畿内]]地方からも出土
<ref>入れ墨と思しき線が刻まれた人物埴輪の[http://www.city.ichihara.chiba.jp/graph/ichihara0510/waza/images/photo04.jpg 例1][http://pds.exblog.jp/pds/1/200803/15/33/b0041933_10395462.jpg 例2][http://pds.exblog.jp/pds/1/200803/15/33/b0041933_10274971.jpg 例3][http://hmuseum.doshisha.ac.jp/html/display/tomb/k5.png 例4]
[http://selfpit.way-nifty.com/081029_10.jpg 例5]
[http://www.kashikoken.jp/museum/permanent/kofun/image/iwami-haniwa.jpg 例6]
[http://www.city.kobe.lg.jp/culture/culture/institution/center/relics/art/details/img/2032-14.jpg 例7]
</ref>
している例や、出土地域による図案の違いから類型化もなされている事実などが、反証として挙げられている。
 
現在までに発見された、人物埴輪の顔に施された入れ墨と思しき線は、
日本人考古学者の視点には、入れ墨が[[刑罰]]化されて以降強まった否定的な感覚や、後世に再構築された[[神道]]観が影響を与えているとの考察も存在する。こうした観点からは、入れ墨は[[穢れ]]であり[[不浄]]なものと捉えられていたと主張されるが、入れ墨を奇異なものや[[刑罰]]として記した記録はいくつか存在するのに対して、[[穢れ]]と記した記録が存在しない点や、後の仏僧(日本以外でも同様である)が入れ墨を不浄な存在とは捉えていない点から否定される観点である。
 
一方では、集権化の進行とともに社会構成が変化し、大部分の人口が権力者に所有される存在となったことで、個人の社会的身分を示す入れ墨が不要となり、入れ墨が権力者や呪術者、特殊な職能を持つ者(馬飼・鳥飼など動物の飼育を担当する者達)<ref>[[日本書紀]]中には、[[履中天皇]]五年九月に、河内飼部の体調が悪いので神託にかけたところ、いつまでも黥(入れ墨)を入れ続けているために、血の匂いが漂っているのが原因だと分かりやめさせた、との記述がある。
<br/>日本書紀 巻十二 履中天皇五年(甲辰四〇四)九月壬寅十八
<br/>『秋九月乙酉朔壬寅。天皇狩干淡路嶋。▼是日。'''河内飼部'''等從駕執轡。先是飼部之'''黥'''皆未差。時居嶋伊奘諾神託祝曰。不堪血臭矣。因以卜之。兆云。'''惡飼部等黥之氣'''。故自是以後。'''頓絶以不黥飼部而止之'''。』
この他、 [[蝦夷]]や[[隼人]]といった人々や、儒教と対立した[[密教]]の僧侶によって、入れ墨の技術が継承された。[[山岳仏教]]出身者であり、書寫山[[圓教寺]]を開いた[[性空]]は、胸に[[阿弥陀仏]]の入れ墨を入れていた(「阿弥陀来迎図流転の謎」 [http://www.ican.zaq.ne.jp/euahf202/mypage4.htm 2.天台本覚思想と来迎図])。日本においては[[耳なし芳一]]の説話が有名だが、経文を直接身体に書き込む行為は、仏法への帰依とその加護を得る目的で広く行われた。現代の[[タイ王国|タイ]]や[[カンボジア]]など[[小乗仏教]]の盛んな地域では、経文を身体に入れ墨する習慣が一般的に見られる。
 
中世に入ると人々の日常生活を描いた絵画が残されるようになるが、これらの絵画に入れ墨をした人々が描かれている例は見られない。しかし、社会が安定期を迎えた江戸時代になって入れ墨が一挙に復活していることから、入れ墨の習俗が完全に消滅していたとは考え難い。中世の絵画は呪詛の手段として封印されていた人物画の萌芽期に当り、入れ墨の呪術性を恐れて絵画に描いてはいけないものと認識されていた[[タブー]]だったのか、実際に一般人の間で入れ墨が廃れていたのか、については今後の研究が待たれる。
 
また、戦国時代には死を覚悟した雑兵達が、自らの名や住所を指に入れ墨で記す[[#個体識別|個体識別]]目的の習俗があった。
===== 江戸時代 =====
[[File:Roshi Ensei lifting a heavy beam.jpg|thumb|right|180px|[[燕青|浪子燕青]]([[水滸伝]]より)<br/>[[歌川国芳]]作]]
[[画像File:Beato, Felice (1834 – 1907) - Tattooed japanese men - ca. 1870.jpg|thumb|right|180px|入れ墨を施した男性<br/>フェリス・ベアト撮影 1870年頃]]
<br/>フェリス・ベアト撮影 1870年頃]]
 
現代に続く日本の華美な入れ墨文化は、[[江戸時代]]中期に確立された。
 
江戸や大阪などの大都市に人口が集中し始め、犯罪者が多数発生するようになったため、犯罪の抑止を図る目的で[[町人]]に対する入墨刑が用いられ、容易には消えない入墨の特性が一般的に再認識されたことで、その身体装飾への応用が復活した。
 
[[遊郭]]などにおいては、[[遊女]]が馴染みとなった客への気持ちを表現する手段として、「○○命」といった入れ墨を施す「入黒子」と呼ばれた表現方法が流行した。入れ墨の他にも、放爪(爪を剥いで贈る)・誓詞・断髪・切指(指を切って贈る)・貫肉といった、遊女による独特の愛情表現が存在した。こうした文化の一部は現在まで引き継がれており、「○○命」といった入れ墨を施す行為は、[[レズビアン]]関係にある女子高生などの間で、昭和期に流行したことがあり、「○○命」のフレーズは男性の間でも広く使われる表現として定着している。
 
こうした風潮に伴って、古代から継承された漁民の入れ墨や、経文や仏像を身体に刻む僧侶の入れ墨といった、様々な入れ墨文化が都市で交わり、浮世絵などの技法を取り入れて洗練され、装飾としての入れ墨の技術が大きく発展した。
 
装飾用途の入れ墨は入墨刑とは明確に区別され、文身と呼ばれることが多く、江戸火消しや鳶などが独特の美学である『'''[[いき|粋]]'''』を見せるために好んで施したほか、刑罰で入れ墨を施された前科者がより大きな入れ墨を施すことでこれを隠そうとする場合もあった。
 
[http://www.youtube.com/watch?v=O_Gc6-g_SJw 参照:当時の浮世絵に描かれた入れ墨]
時代劇で有名な江戸町奉行の[[遠山景元]]に入れ墨があったとの伝承が残されているが、これを裏付ける資料は発見されていない。
 
また、当時の武士階級の間では、入れ墨のある身体を斬ることに対して、その[[呪術]]性への恐れから生じた忌避感情が存在していたことも記録
<ref>江戸の斬首刑を担当していた[[山田浅右衛門]]は、取捨てとされた斬首後の死体を使って、依頼を受けた刀の試し切りを行って報酬を得ていたが、入れ墨や身体にできものの無い死体だけを選り好んで使っていたとされる。
<br/>『死罪は申渡候上牢屋敷におゐて両御町組同心首を刎、死骸は取捨に相成、右死罪に可相成科人之内、'''からだに入墨、出来物之跡も無之きれい成もの有之節は'''町奉行所○御申上、御刀御脇差、御長刀等御様御用被仰付候得は右御品御腰物奉行○出諸御役人罷出右御品は御長持人に而同心附添諸人を払ひ牢屋敷へ罷越粧町藁谷に居候浪人'''浅右衛門'''御腰物奉行へ御引渡、麻上下に而罷出、牢屋敷御仕置場に而首討落し相済候上、御様もの場へ罷出浅右衛門様役相勤可申哉之事』(百箇条調書、内々篇)
 
明治初期における厳しい取締りの後、入れ墨はある程度黙認される存在へと変わり、[[小泉又次郎]]([[小泉純一郎]]の祖父)のように禁令後に入れ墨を入れながら政治家として活躍する人物も現れた。
[[Image:Carpenter.jpg|thumb|200px|普請現場で働く[[大工]]。威勢の良い男で、[[入れ墨]]をしている。<br />(『童謡妙々車』(刊行年:嘉永8年(1855年)~明治7年((1874年)より)<ref>[http://www.library-noda.jp/homepage/digilib/wako/208.html 童謡妙々車])</ref>。]]
 
また、入れ墨の持つ[[#性的装飾|性的装飾]]としての側面や嗜虐性も、この時期から大衆文化のなかで再度クローズ・アップされはじめている。
 
現代の日本においては、一部のアクセサリーや衣服などを販売する店においては、入れ墨をしている店員が客に入れ墨を隠すことなく仕事をすることも珍しくない。また、看護師などの制服の有る仕事に従事している場合も、仕事中には見えないよう工夫をおこなうことで、雇用主から干渉を受けることも無くなってきている。
 
しかし、かつては入れ墨をしている者が大手企業などで就職や就業することは非常に困難であるとされていたが、現在は入れ墨を一時的に見えなくする技術(特殊ペイントによるカバーリング)が発達していることから、身体検査の時などに一時的に入れ墨を隠してしまう事例も増えている。
 
入れ墨を除去することは入れ墨を彫ることよりも大変であり、さらには、完全に入れ墨を除去することは不可能であるため、かつては入れ墨をしている者は大手企業における業務や出世などに悪影響を及ぼすということを覚悟をしなければならなかったが、”ファッションタトゥー”の普及と共に、表現の自由に対する人権意識も高まり始めているため、そういった覚悟も過去のものになりつつある。
とはいえ、海水浴場で入れ墨や入れ墨をした者の入場を禁じる条例が物議を醸すなど公衆の場で受け入れられている、とは言い難い事例も存在する。
 
現代の日本において、英語でtattooと記載する入れ墨を"tatoo"と綴りを間違える者が、入れ墨をしている者も含めている
 
==== 蝦夷・アイヌ・琉球 ====
日本領に編入されるまでの[[蝦夷]]、[[アイヌ民族]]、[[琉球王国]]の領域では、それぞれ独自の入れ墨文化が存在した。
 
[[日本書紀]]の記事中には、[[武内宿禰]]の[[日高見国|日高見國]]からの帰還報告として、[[蝦夷]]の男女が文身していたことが記されている(景行27年2月条)。
<ref>
日本書紀 卷第七 景行天皇
『廿七年春二月辛丑朔壬子 武内宿禰自東國還之奏言 東夷之中 有日高見國 其國人 男女並'''椎結文身''' 爲人勇悍 是總曰蝦夷 亦土地沃壞而曠之 撃可取也』
“椎結文身”とは、[[日高見国|日高見國]]の住民である[[蝦夷]]達が、椎結=髪を分け、文身=入れ墨をしていたことを指す。
</ref>
 
琉球王国では「ハジチ(刺突・パリツク)」と呼ばれた入れ墨文化があった。ハジチは女性のみが行い、本土にさらわれないための魔よけや後生(死後の世界)への手形とする民間信仰、成人儀礼としての意味があり、美しさの象徴ともされた。
 
[[笹森儀助]]は[[宮古島]]では11, 13歳に施す成女儀礼であり、またそれがないと後生に行けないと著作に記しており、かなり強制力があったようである。[[沖縄本島]]では14歳くらいから施し始め、少しずつ文様を増やしていく。文様には地方によって微妙な違いがあり<ref>「沖縄では元は入墨によって、女の故郷がおおよそ知れたくらい、少しずつの相違があった。」 「海南小記」 柳田國男著 「柳田國男全集1」 ちくま文庫 p333</ref>、両手に23の文様を彫りこんで完成とし、その頃が結婚適齢期とされていた。文様のそれぞれには太陽や矢といったさまざまな意味がこめられていた。宮古島の場合は手背や前腕に彫り、文様が多彩で、人頭税下、貧困にあえいでいた島であるので、米のご飯をたべる女性に育って欲しいという文様(食器、箸など)もある<ref>南島針突(ハジチ)紀行 1983 市川重治 那覇出版社 那覇</ref>。
<ref>
「沖縄では元は入墨によって、女の故郷がおおよそ知れたくらい、少しずつの相違があった。」
「海南小記」 柳田國男著 「柳田國男全集1」 ちくま文庫 p333
</ref>
、両手に23の文様を彫りこんで完成とし、その頃が結婚適齢期とされていた。文様のそれぞれには太陽や矢といったさまざまな意味がこめられていた。宮古島の場合は手背や前腕に彫り、文様が多彩で、人頭税下、貧困にあえいでいた島であるので、米のご飯をたべる女性に育って欲しいという文様(食器、箸など)もある。<ref>南島針突(ハジチ)紀行 1983 市川重治 那覇出版社 那覇</ref>
 
琉球が沖縄県として日本へ編入された後も、しばらくこの旧習は維持されたが、[[1889年]](明治22年)10月21日に沖縄県にもハジチ(入れ墨)禁止令が出されたため、ハジチの習俗は廃れた。しかし平成の初め頃までハジチを施した高齢者がみられたと伝えられている。
;韓国
:韓国では漢語由来の文身({{lang|ko|문신}}:ムンシン)と呼ばれる。
:儒教の影響が強い現代の韓国では、[[韓国併合|日韓併合]]以降に日本から流入した文化と言われているが、実際には[[李氏朝鮮]]初期に入れ墨の習俗があったことが記録されている。
:「[[朝鮮王朝実録|李朝実録]]」中の[[世宗 (朝鮮王)|世宗大王]](1397-1450)時代の記録には、王世子(後の[[文宗 (朝鮮王)|文宗]])の側室と女官が対食(テシクあるいはパンドンム)と呼ばれる[[同性愛]]にふけったスキャンダルが記されており、宮中の女性同士が互いの愛情の証として「朋」という文字の入れ墨を尻に密かに入れるという風習があったことが記録されている。
:近年の韓国では[[兵役逃れ]]をするために入れ墨を入れるものもいて、摘発されている。
:韓国においても、入れ墨の図案と技術に関しては日本の彫り師の評判が高く、日本から呼び寄せた彫り師を数週間滞在させて日本風の入れ墨を施してもらったり、色味を修正してもらう韓国のヤクザもあり、これも過去に摘発例がある。
;台湾
:台湾の[[黒社会]]は大陸起源の集団と台湾起源の集団が存在するが、どちらの集団も日本との深いつながりを有するため、その施す入れ墨も日本の影響を強く受けており、入れ墨と[[パンチパーマ]]といった日本やくざのスタイルを模倣することが広く行われていた。
 
:近年に入り、有名女優がテレビドラマにおいて自身の入れ墨を堂々と露出しはじめたため、日本よりも”入れ墨のファッション化”が広く進行していると言われている。中華圏では貴族階級が派手な入れ墨を入れる宮廷文化が存在していたことも有り、入れ墨が各界で活躍している台湾の山岳先住民族の固有文化でも有ることから、庶民の差別感情も低いと言われている。
 
;香港
;タイ・ラオス・カンボジア・ビルマ
:[[上座部仏教]]を基にした、「サクヤン」と呼ばれる独特の入れ墨文化が存在し、寺院にて僧侶の手により、経文や図柄を入れ墨する習俗がある。かかる費用はお布施として任意であるが、衛生状態は決して良いとは言えず、あくまで自己責任で行う。
:軍人や警察官にも入れ墨を入れている者が多く、その内容は弾避けに効果があるとされる呪文や経文であることが多い<ref>[http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2536987/3511807 タイ軍の近代兵器に魔除けグッズで対抗、カンボジア兵士]<br/>AFP BBNews 2008年11月10日 記事中より抜粋<br/>『7月に国境沿いで始まったタイ軍とのにらみ合いでは、装備で圧倒的に優位に立つタイ軍に対し、カンボジア軍兵士らは自国の護身の風習にならって仏像を身に着け、'''魔除けの呪文を体に入れ墨した。'''』</ref>。
;その他
:犯罪組織関係者の入国を禁じている諸国では、日本の暴力団関係者や他のアジア系犯罪組織の関係者が独特な図案の入れ墨を入れている点を利用して、入国審査の場で入れ墨の有無をチェックされ、入国拒否か賄賂を要求されることがある。
 
== 脚注 ==
== 関連書籍 ==
* Donald Baruma and Ian Ritchie, ''The Japanese Tattoo'' (英語)
* 中野 長四郎入れ墨刺青の真実―浅草彫長「入れ墨刺青芸術」のすべて」 /  中野長四郎 彩流社, ISBN 978-4882027409
* 南島針突(ハジチ)紀行(1983) 」 市川重治 那覇出版社 那覇。1983
* いれずみの文化誌 小野友道 河出書房新社 2010, ISBN 978-4-309-24524-9
 
== 外部リンク ==
* [http://homepage3.nifty.com/yoshihito/irezumi.htm 入れ墨の文化]
* [http://www.web-sanin.co.jp/gov/boutsui/mini21.htm 暴力団ミニ講座]
* [http://tattoo-navi.jp/ 入れ墨タトゥーナビ]
* [http://www.thetattoocollection.com TheTattooCollection]
* [http://www.mrisafety.com/safety_article.asp?subject=145 Tattoos, Permanent Cosmetics, and Eye Makeup (MRIsafty.com)]
* [http://www.ryujitattoo.com/column/q_and_a_1.html 入れ墨タトゥー(tattoo)に関するQ&A (ryujitattoo.com)]
 
{{Commons|Tattoo}}
[[vi:Xăm]]
[[yi:טאטואירונג]]
[[zh:入れ墨刺青]]
49,118

回編集