「村国男依」の版間の差分

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日本書紀は戦後行賞の記事で個人名をあげないので、村国男依がどのような褒賞を受けたかはわからない。12月4日に勲功ある人を選んで冠位を増し、[[小山]]位以上をあたえたとする記事があるので、男依の受けた賞もこれ以上ではあっただろう。だが、地方豪族出身である男依らが、功によって中央の要職を占めることはなかった。
 
男依は天武天皇5年([[676年]])7月に死んだ。壬申の際の功により、外[[小紫]]が贈られた。小紫は非常な高位だが、他の壬申の功臣と同じく[[外位]]である。出自が低い者を有力貴族と同列にするわけにはいかないが、彼等の功績は高く顕彰したいという考慮から、「外」という位が作られたと推測されている。
 
[[Category:飛鳥時代の人物|むらくにのおより]]
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