「日本とウクライナの関係」の版間の差分

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'''日宇関係'''(にちうかんけい)は、[[日本]]と[[ウクライナ]]の関係のこと。
 
[[ウクライナ]]と[[日本]]の関係は[[18世紀]]の、における『[[古事類苑]]』の「露西亜上」(外交部21)見られるウクライナ人ロシア帝国によって領土が奪われた[[コサック]]として登場す記述されているのをもって、端緒とる。
 
ウクライナは長い間[[ロシア]]の支配下にあったため、日宇間の民間の交流は[[日露関係|日露]]の国際関係の影響を受けていた。20世紀においてウクライナ人は、[[日露戦争]]と[[ソ連対日参戦|日ソ戦争]]に参加し、ロシアの[[極東]]の植民地化に加担する一方で、日本と秘密裏の交渉を行い、日本の支援のもとで[[沿海州]]におけるウクライナ人の居住地区([[緑ウクライナ]])をロシアから独立させようと計画していた。[[1991年]]にウクライナが[[ソ連]]から独立を果たすと、[[1991年]][[12月28日]]に日本国政府はウクライナを国家として承認し、[[1992年]][[1月26日]]には両国間の外交関係が設立された。
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