「國分良成」の版間の差分

千葉県同一人物IPによる中傷。Wikipedia:存命人物の伝記不適格。
(千葉県同一人物IPによる中傷。Wikipedia:存命人物の伝記不適格。)
==活動==
[[石川忠雄]]の門下生。内閣官房「日・ASEAN包括的経済連携構想を考える懇談会」、外務省「新日中友好21世紀委員会」など中国を中心としたアジア関係の外交・経済問題に関する政府の審議委員を務めるなど、政府機関への登場も多い。
 
2002年、慶應義塾大学の学術系サークルである[[経済新人会]]が、[[三田祭]]において[[李登輝]]・前台湾総統の講演会を企画した。[[櫻井よしこ]]によると、[[総合政策学部]]教授の[[小島朋之]]は『[[産経新聞]]』(2002年10月2日)が講演予定を報じた2日後の2002年10月4日、李に訪日の再考を促すメールを送付した<ref name="sakurai20021216">{{cite web
| author = [[櫻井よしこ]]
| date = 2002-12-09
| url = http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2002/12/
| title = 慶應は福澤翁の精神を忘れ政治の思惑に屈服したか
| publisher = 『[[週刊ダイヤモンド]]』(2002年12月14日号)
| accessdate = 2011-12-13
}}</ref>。
 
[[金美齢]]は、「小島教授は、事前の連絡が皆無、準備期間もなく困惑、自分と'''[[国分良成|国分(良成)]]'''教授の面子が失われると書いて、せっかくの、学生たちによる李前総統への招待を退けようとしたのです」と述べ、小島の行動を非難した<ref name="sakurai20021216"/>。
 
李登輝の代理人によれば、'''国分・小島側'''から、李を説得するため2人で訪台する旨が伝えられたが、李は「後ろ向きの説得なら会わない」として、面会を断った<ref name="sakurai20021216"/>。講演会は、李が日本の[[外務省]]からビザの発給を拒否された<ref name="sakurai20021216"/>ことで訪日できなかったため、実現しなかった。
 
==受賞歴==
*1997年、『アジア時代の検証』で毎日新聞社[[アジア太平洋賞]]特別賞
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