「キンタ・ダ・ボア・ヴィスタ」の版間の差分

編集の要約なし
(リンク追加)
編集の要約なし
帝政廃止で共和制が始まると、皇室の亡命で宮殿と庭園には主がいなくなった。1891年、宮殿は政治家らが共和国憲法を書く場所に使用された。1892年、リオデジャネイロ自然史博物館理事長が、市内のカンポ・デ・サンタナにある博物館をサン・クリストヴァン宮殿へ移した。宮殿の内装は取り払われたが、一部は、王座の間を再編して設置している[[ペトロポリス大聖堂]]内の皇室霊廟のような別の博物館でみることができる。
 
{{Coord|22|54|21|S|43|13|28|W|display=inline,title|region:BR_type:landmark|display=title}}
{{commonscat|Quinta da Boa Vista}}
{{DEFAULTSORT:きんたたほあういすた}}