「片岡仁左衛門 (13代目)」の版間の差分

=== 人物 ===
若いときに養父を始め、[[松本幸四郎 (7代目)|七代目松本幸四郎]]、[[市川中車 (7代目)|七代目市川中車]]、[[市村羽左衛門 (15代目)|十五代目市村羽左衛門]]、[[實川延若 (2代目)|二代目実川延若]]ら名優に歌舞伎狂言の型を教えられたが、これは、十三代目仁左衛門のみならず歌舞伎界にとって貴重な財産となった。三男・十五代目仁左衛門やその孫[[片岡孝太郎]]の話では、十三代目仁左衛門は、一つの狂言を教えるのに色々な型を示し、あとは本人の選択に任せると言う方法だったという。
 
妻は講釈師・[[錦城斎典山]]の娘。
 
戦前からの[[鉄道ファン|鉄道愛好家]]としても有名で、[[鉄道友の会]]の理事や名誉会長も勤め、[[ブルーリボン賞 (鉄道)|ブルーリボン賞]]叙与式、[[大阪市電]]最終運転日など関西での鉄道関係のセレモニーには来賓としてしばしば顔を出した。ただし、[[新幹線]]のような超高速列車には批判的で、「新幹線ができてから、旅に風情がなくなった」と嘆いていた。<!--古典芸能界の鉄道愛好家として、長唄の[[杵屋栄二]]と並び称される存在だった。-->
 
学究肌で文才もあり、主な著書に『菅原と忠臣蔵』『夏祭と伊勢音頭』『とうざいとうざい』『十一代目片岡仁左衛門』『嵯峨談語』『仁左衛門楽我記』『芝居譚』『忘れられている先祖の供養』多数がある。芸談や歌舞伎関係の貴重な資料も多く残した。
 
=== 当たり役 ===
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