「エンリコ・ダンドロ」の版間の差分
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[[Image:Gustave dore crusades dandolo preaching the crusade.jpg|right|thumb|250px|第4回十字軍参加を説くエンリコ・ダンドロ、[[ギュスターヴ・ドレ]]画]]
'''エンリコ・ダンドロ'''('''Enrico Dandolo''', [[1107年]]? - [[1205年]])は、[[ヴェネツィア共和国]]の第
思慮深く、智謀に長けた人物であったという。在任前は[[コンスタンティノポリス]]に滞留していたが、このとき、ヴェネツィア人排斥運動に巻き込まれて、目を潰されて[[視力]]を失ってしまったという(
[[1202年]]、[[エジプト]]([[アイユーブ朝]])侵攻を目的とする[[第4回十字軍]]が結成されたが、このときの十字軍は軍資金が乏しく、遠征できるような状態では無かった。また、ダンドロもヴェネツィアにとっては主要な交易相手国であるエジプトを攻撃されては困るため、十字軍に資金を援助する代わりに、当時ヴェネツィアと敵対関係にあった[[ザダル|ザラ市]]を攻撃するように要請したのである。これが見事に成功し、第4回十字軍はザラ市に攻撃をかけ、自身も軍を率いて参戦した。
[[1203年]]、[[アレクシオス4世アンゲロス]]の要請を受けて、ダンドロや第
しかしイサキオス2世とアレクシオス4世は、[[1204年]]の[[アレクシオス5世ドゥーカス]]の反乱によって殺害されてしまい、この約束は果たされること
エンリコは1205年
{{DEFAULTSORT:たんとろ えんりこ}}
[[Category:ヴェネツィア共和国の元首]]
[[Category:十字軍の人物]]
[[Category:ヴェネツィア出身の人物]]
[[Category:1107年生]]
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