「アンリ・ペリシエ」の版間の差分

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ペリシエは形の上では[[1928年]]に引退したことになっているが、レースに出走したのは[[1926年]]までである。ペリシエは激昂しやすい性格で、現役時代もチームメイトを見捨てて、他のチームの選手と集団を形成することも少なくなかった。
 
また私生活においてもペリシエは破天荒な側面を見せる。[[1933年]]、前妻がペリシエとの不仲関係に疲れ果てて猟銃自殺を遂げた。そして2年後の[[1935年]]、同居することになった相手とも常に言い争いが絶えなかったことが発端となり、無理心中同棲相手に自宅で射殺された(使われた銃はペリシェの前妻が自殺に用いたものだった)。同棲相手は裁判で正当防衛遂げ主張し、結果執行猶予付きの懲役一年の判決を受けた。
 
== ドーピング問題 ==
[[Category:1935年没]]
[[category:パリ出身の人物]]
[[Category:した被害者]]
[[Category:ドーピング違反の自転車選手]]