「比較発生学」の版間の差分

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上記のように発生過程の研究からは器官の相同性に関わる重要な示唆が与えられた。成体に見られる器官がその群によって異なった形をしている場合も、発生の初期には似通った形であることは、相同性を認める重要な裏付けとなった。しかし、発生の早い段階には成体には存在しない器官が姿を見せることもある。すでにウォルフはほ乳類において前腎を発見していた。さらにラトケは1825年に鳥類とほ乳類において[[鰓裂]]と[[鰓弓]]を発見した。このように、より下等な動物の構造がより高等な動物の発生初期に見られる、という例が集まってきた。
 
このことに気がついた人は多く、このラトケの発見以前にメッケル(Johann Friedrich Meckel 1761-1833)が「人間の発生段階はその始まりから完成に達するまで、諸動物の系列の各形態に相当する」と述べている。彼の説をより広く適合するように、修正、総合してまとめたのが[[ベーの法則]]である。これは以下のように述べられている。
#動物のより一般的な特徴は、より特殊化した特徴よりも発生の初期に現れる。
#高等動物の発生のある時期の形は、より下等な動物の成体ではなく、その胚のある時期の形に似ている。
*子孫が先祖の発生をたどりながら、途中で脇道にそれることもあり、その場合には分岐するところまでの発生が一致する。
 
これはベーの法則の進化論に立った見直しでもあり、ほとんどヘッケルの反復説(1866)と同じであり、後者は極端に言えば個体発生など特殊な用語で置き換えただけ、とも言えるものである。
 
[[エルンスト・ヘッケル]]もやはり進化論の影響を強く受け、比較発生学を推し進めた一人である。彼の[[反復説]]は比較発生学を進化的に説明したことで有名であるが、上記のようにその内容は先行研究者によるものの焼き直しに近い感がある。具体的内容においてはむしろベーの法則の方が正確といわれることもある。しかしその魅力的な表現とはっきりした方向性のために多くの目を引いたことは事実である。その後の研究から、この説には多くの批判が集まることとなったが、これはむしろこの説の影響力を示すといってもよい。しかしヘッケルの業績は、反復説と胚葉説をも結びつけ、これを動物全体の系統論としたことにある。彼はごく初期の発生にまで反復説を当てはめ、[[胞胚]]や[[原腸胚]]の形を多細胞動物の初期の形と見なした。これを[[ガスツレア説]]といい、長く多細胞動物の系統論の定説であった。ガスツレア説に関しても多くの批判や疑問が集まったが、それらはむしろこの説を補強修正する動きとなり、多くの研究がその後約50年にわたって続く。
 
== 新たな動き ==
このように比較発生学は興隆を極め、進化論と結びついて大きな流れを作った。しかしこれに批判的な動きも出始めていた。それはこのような研究が、進化や系統を明らかにする役に立ってはいるものの、発生そのものの仕組みはいっこうにわからないままではないか、と言うものである。当時、物理学や化学の進歩を受けた形で[[生理学]]が進歩し始めていたが、それは当然のように成体だけを対象としていた。しかしそのような研究対象は発生にもあるはずである。それを明らかにするのではなく、発生学が系統学の下請けになっている状況を問題視する動きでもある。
 
発生の仕組みをその機構の側から明らかにしよう、と言う動きも実際にあって、特に[[ヴィルヘルム・ヒス]](Wilhelm His 1831-1904)は発生の過程を生理学的に扱おうとした。彼はその著書(1874)で発生の過程で胚葉から様々な器官が生じる過程について、このような変形を胚葉の折りたたみで生ずるものと説き、おそらくそれは胚葉の各部分の成長速度の差によるとした。そして、折りたたみによって器官が生じるのであれば、その変形を逆にたどれば、平面上に将来それぞれの器官になるべき部分が配列した地図のようになるはずと考えた。これは後に[[ヴァルター・フォークト]]によって[[予定胚域図]]の形で実現される。ヒスの説は抽象的な説明にすぎないが、この方向を追求すれば、発生の機構を胚の生理的性質によって説明することを求めることになる。このような方向性に賛同する学者は他にもおり、たとえばバルフォアはその著書『比較発生学概要』(1880-1881)の序論で発生学には比較発生学と生理学的発生学がある旨を記している。
 
ところが、当時の主流であったヘッケルはこのような見方に価値を認めず、ヒスの説も「つれづれの説」と皮肉ったという。彼自身は比較発生学は進化論という高邁な問題を扱っているのであって、個々の胚の内部の動きや仕組みなどは目先のつまらない問題であると思われたらしい。これに対してヒスは、ヘッケルの[[系統樹]]について、想像に頼るところが多く、科学としては根拠薄弱であると批判したと言われる。このころに動き始めた[[実験発生学]]の流れは、このような状況を背景にしていた。実験発生学は[[実験]]によって発生の機構を明らかにする方向でめざましい成果を上げ、発生学の主流になった。比較発生学は、少なくとも発生学の主流からははずれ、その名を聞くことは少なくなる。
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