「伊予丸」の版間の差分

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初代讃岐丸では操船性能の向上を目指してフォイトシュナイダープロペラを採用し、港内での操船性能向上は達成できたものの、潮流の速い海域の巡航時の針路安定性に問題があり、本船では採用されなかった。おりしも、可変ピッチプロペラ等の価格が低下したこともあり<ref>古川達郎 鉄道連絡船100年の航跡p156 成山堂書店1988</ref>、1964年から就航していた青函連絡船[[津軽丸 (2代)|津軽丸]]型同様、船首を横方向への推力で回頭させるバウスラスターと、主軸回転数一定のまま操舵室からの翼角遠隔操作で前後進、速力調節ができる可変ピッチプロペラを装備、2枚舵との併用で良好な操船性能を確保した。
 
操舵室内の配置は、左舷側前面窓際にヒーリング制御盤と係船制御盤、右舷側前面窓際に可変ピッチプロペラ翼角制御レバーやバウスラスター翼角制御レバー等をまとめたプロペラ制御盤が設けられたが、これら制御盤の向こう側にあたる前面窓を開閉できない一枚ガない固定ガラス窓としたため、操舵室前面窓が左右非対称となり、伊予丸型の外観の一つの特徴となった。なお、バウスラスターの操作は、青函連絡船[[津軽丸 (2代)|津軽丸]]型では翼角指示/追従方式であったが、伊予丸型では左右に倒れる小さなレバースイッチ操作で、所謂ノンフォローアップタイプで、津軽丸型の非常操縦用レバーと同様のものであった。
 
操舵室中央には周囲の機器とはやや不釣合いな古典的な木製の舵輪を有する中村式浦賀テレモーター<ref>宇高航路船舶一覧表p8 国鉄宇高船舶管理部船務課1967.2.</ref>があり、横切船の避航等による変針が繰り返される航路の特性から、オートパイロットは装備されなかった。操舵室背面には、火災警報表示盤やライフラフト(救命筏)投下装置等非常操作警報表示盤として背の低い盤にまとめられ、後方視界を遮らないようにして設置された<ref>伊予丸一般配置図、操舵室配置図</ref>。
通信設備は国際VHFのほか、さん橋との入港報などの連絡、僚船との連絡に使用する専用VHFについては、末期にはハンディートランシーバが使用されていた。
 
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車両甲板下は13枚の水密隔壁で14区画に分割され、隣接する2区画に浸水しても沈まない構造とした。更に中央部6区画では二重底だけでなく、側面にヒーリングタンクやボイドスペースを配置して二重構造とし<ref>古川達郎 鉄道連絡船100年の航跡p181 成山堂書店1988</ref>、さらに損傷時の復原性向上のため、舷側ボイドスペースに硬質ポリウレタンを充填した<ref>日立造船株式会社 宇高連絡船“伊予丸”について 船の科学19巻5号p76 1966</ref>。また水密隔壁に水密辷り戸を設けず、隣接する水密区画へ行くには必ず車両甲板まで上る必要があった。
 
乗客全員を収容できるライフラフト(救命いかだ)、緊急時に客室のある客室甲板([[津軽丸 (2代)|津軽丸]]型の船楼甲板に相当)から海面上のライフラフトへ乗り移るための膨張式滑り台が装備された。
 
客室は客室甲板と遊歩甲板にあった。客室甲板では船首側の三分の一がグリーン船室で、2人掛けリクライニングシートが並び、大きな窓から前方展望ができた。中央部の三分の一と船尾側の三分の一の2部屋は普通船室で、リクライニングしない2人掛け椅子が中央部では前向きに、船尾側では後ろ向きに設置されていた。なおこれら椅子は、[[津軽丸 (2代)|津軽丸]]型同様、当時の特急車両の椅子をベースに船舶用に修正したものであった<ref>日立造船株式会社 宇高連絡船“伊予丸”について 船の科学19巻5号p77 1966</ref><ref>古川達郎 続連絡船ドックp232 船舶技術協会1971</ref><ref>古川達郎 連絡船100年の航跡p155 成山堂書店1988</ref>。