「マッチェム」の版間の差分

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没年の食い違いを修正。(1つ前の版:キングファーガスが1分→フライングチルダーズに修正)
(始祖関係では最も内容が薄かったので加筆)
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マッチェムは優れた競走馬、種牡馬であったが、競走馬としてのエクリプスや、種牡馬としてのヘロドほど抜きん出た存在ではなかった。現役時代を紹介すると、当時の強豪トラヤヌスが出走していた[[ニューマーケット競馬場]]の4マイル戦では、それを7分20秒の好タイムで破り(別者注:レースタイムが初めて正規に計られたのは1846年からであり、このタイムをそのまま信用する事は好ましくない。黎明期の競馬では[[フライングチルダーズ]]が1マイルを1分で走ったなど、誇張された逸話が伝えられているものだ)、さらにトラヤヌス陣営が馬の体調が悪かったと主張すると、翌年4月の再戦でも再びトラヤヌスを下している。負けたレースは[[1756年]]のジョッキークラブプレート(優勝馬[[オルコックアラビアン系|スペクテイター]])と翌年の同レース(優勝馬ミルザ)のみで全成績は12戦10勝と伝えられ、当時のトップホースの一頭と評価されている。
 
その後12歳で引退すると、17841781年に33歳で死亡するまで現役種牡馬として活躍し、ヘロドが登場するまでの間マッチェム系を主流血統として発展させた。後継種牡馬となったコンダクター、[[セントレジャーステークス]]優勝馬オランディーズ、[[オークス]]優勝馬テトータム等の名馬を輩出し、[[1772年|1772]] - [[1774年|74年]][[イギリス]][[リーディングサイアー]]を獲得している。産駒は354頭が勝ち上がり、獲得賞金は合計で15万[[UKポンド|ポンド]]に達した。(*直系子孫については[[マッチェム系]]を参照。)
 
=== 主な産駒 ===
7,122

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