「ルイ12世 (フランス王)」の版間の差分
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ルイ12世は[[ブルターニュ]]に対する野心から、時の[[教皇|ローマ教皇]][[アレクサンデル6世 (ローマ教皇)|アレクサンデル6世]]に頼み込んでジャンヌとの[[婚姻の無効|結婚を無効]]にしてもらい、シャルル8世の王妃で王太后となっていたブルターニュ女公[[アンヌ (ブルターニュ女公)|アンヌ]]と結婚した。2人は2女をもうけ、長女[[クロード・ド・フランス|クロード]]は王位継承者[[フランソワ1世 (フランス王)|フランソワ1世]]の、次女[[ルネ・ド・フランス|ルネ]]は[[フェラーラ公]][[エルコレ2世・デステ|エルコレ2世]]の妃となった。
シャルル8世が失敗した[[イタリア戦争]]も再開し、[[1500年]]には[[ミラノ公国]]を征服した。さらに[[ナポリ王国]]の分割にも一時は成功した。しかしナポリ王家の同族であった[[アラゴン
[[1514年]]王妃アンヌが死去すると、ルイ12世は
男子がいなかったため、王位は[[続柄#いとこ甥|従甥]]のアングレーム伯[[フランソワ1世 (フランス王)|フランソワ]]が継承した。最期の言葉は、「おお、私のかわいいクロード、クロード」。野心を持って娘[[クロード・ド・フランス|クロード]]と結婚した娘婿フランソワを最後まで警戒していたという。
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[[Category:オルレアン公]]
[[Category:ヴァロワ=オルレアン家]]
[[Category:イタリア戦争の人物]]
[[Category:1462年生]]
[[Category:1515年没]]
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