「モントルイユ (パ=ド=カレー県)」の版間の差分

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1537年、[[神聖ローマ皇帝]][[カール5世 (神聖ローマ皇帝)|カール5世]]と[[イングランド王国|イングランド王]][[ヘンリー8世 (イングランド王)|ヘンリー8世]]の軍勢がモントルイユを包囲した。降伏を余儀なくされたモントルイユは広範囲に破壊された。1596年、まちは[[黒死病]]の流行にあっている。
 
1567年、[[フランス]]王[[シャルル9世 (フランス王)|シャルル9世]]は、13世紀の古城があった位置に要塞を建設するよう命じた。1670年より、[[セバスティアン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン|ヴォーバン]]と彼の後継者たちが事業を完成させ、シタデルを刷新、火薬庫と武器庫が加えられた。
 
18世紀、カンシュ川の堆積と港の衰退にもかかわらず、まちの繁栄は多くの邸宅を擁するほどであった。
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