「村国男依」の版間の差分

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(封120戸)
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男依は天武天皇5年([[676年]])7月に死んだ。壬申の際の功により、外[[小紫]]が贈られた。小紫は高位だが、他の壬申の功臣と同じく[[外位]]である。出自が低い者を有力貴族と同列にするわけにはいかないが、彼等の功績は高く顕彰したいという考慮から、「外」という位が作られたと推測されている。
 
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