「ヒューマニズム」の版間の差分

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ルネサンス期における「'''ヒューマニズム(人文主義)'''」とは主として古典研究、フマニタス研究を指すが、20世紀にはいると、この古典研究の意味から離れて合理主義的解釈が施され、以下のような極端なとらえ方がなされる場合がある。[[善]]や[[真理]]の根拠を、[[神]]でなく[[理性]]的な人間の中にみいだそうとした、と。その延長上として「'''[[人間中心主義]]'''」と訳出する場合があるが、この「人間」とは西欧近代的な価値観に基づく『理性的』な人間であり、理性中心主義・西欧中心主義に通じる概念である{{要出典|date=2007年9月}}、と。この解釈は啓蒙主義以後の観点であり、ルネサンス人文主義とは明確に区別されるべきであろう。
 
こういう論もある。20世紀半ば以降。ヒューマニズムは[[人間中心主義]]にすぎないのではないかという批判が提出されてきた。「人間は、人間の尊厳を唱える一方で、他の動物のことを単なる手段として扱っている。これもまた一つの差別、すなわち「種差別」にほかならないのではないか。さらに人間は、動物への虐待ばかりでなく、科学技術という強大な力を手に、自然環境に対する大規模な破壊活動も繰り返している。その根底にあるのはヒューマニズムという名の驕りではないのか」
 
中世から近代に移行する時代は、思想・芸術史上、[[ルネサンス]]と呼ばれる。この頃の
イタリア諸都市は独立した国家として独自の文化を誇った。たとえば、[[フィレンツェ]]と
[[パドヴァ]]の両都市は、それぞれフィレンツェ共和国とヴェネツィア共和国の中心地であ
った。フィレンツェは共和精神と「プラトン・アカデミー」の町として、そしてパドヴ
ァは大学都市として、イタリア内外の同時代人の関心を惹きつけ、訪れ、学ぶ者は多か
った。両都市の異なる特徴はルネサンス思想を考察するうえで意義深く、前者は「市民
的」ヒューマニズムと[[プラトン]]主義に、後者はアリストテレス主義の問題に深く関与する。
 
また、ヒューマニストは16世紀の[[ルネサンス]]時代に登場した、[[カトリック]]教会の神中心の世界観に対して人間そのものの美しさや価値を見いだした思想家たちでもある。代表的なヒューマニストとしては、ドイツのロイヒリン、オランダの[[エラスムス]]、イギリスのトマス=モア、フランスの[[モンテーニュ]]らである。彼らの思想は、カトリック教会(これとは別に[[教皇]]と対立した[[サヴォナローラ]]は自分が神に選ばれた人であると公言したが、それは虚偽であるとされて焼き殺された(この事から、ローマの当時の[[信仰]]がみれる))の権威主義を否定することとなり、たびたび弾圧されたが、宗教改革の出現を促し、近代的な合理思想の源流となった。
 
 
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