「加古川駅」の版間の差分

m
編集の要約なし
|-
! 1・2
| rowspan=2|{{color|#0072bc|■}}JR神戸線
| style="text-align:center" | 下り
|[[姫路駅|姫路]]・[[相生駅 (兵庫県)|相生]]方面
|
|-
! 3・4
| {{color|#0072bc|■}}JR神戸線
| style="text-align:center" | 上り
|[[三ノ宮駅|三ノ宮]]・[[大阪駅|大阪]]方面
|-
! 1
| rowspan=2|{{color|#0072bc|■}}JR神戸線
| style="text-align:center" | 下り
|[[姫路駅|姫路]]・[[相生駅 (兵庫県)|相生]]方面
|待避列車は2番のりば
|-
! 2・3
| {{color|#0072bc|■}}JR神戸線
| style="text-align:center" | 上り
|[[三ノ宮駅|三ノ宮]]・[[大阪駅|大阪]]方面
 
連続立体交差事業の進行に伴い北側の仮線に切り替えられてからは、同じ3面5線ではあるものの、すべてのホームが島式とされ、JR神戸線上り本線が4番のりば、加古川線が5・6番のりばになり、2・3番のりば(当駅で特急・新快速を待避する姫路方面の普通列車および当駅折り返しの大阪方面の列車が使用していた)が同じ線路を共用していた。
 
1985年3月13日までは2番のりばは使われておらず、1990年3月9日までは姫路方面の大半が1番のりばに停車していた。
 
戦時中、[[1937年]]に開設された旧陸軍神野弾薬庫(現在の加古川刑務所)への爆弾や兵員を運ぶための延長3kmの引き込み線があった。加古川線・高砂線と一部線路を共用し、高砂線分岐地点より若干北側で加古川線と分岐していた。線路跡はほぼ道路に転用されており、緩やかなカーブから線路が引かれていたことを連想することができる。また、用水路に架かる橋には、専用線時代の橋を流用・改造して使用している。戦後に加古川刑務所となったためか、加古川刑務所専用線と呼称される場合もある。弾薬庫や工場など9棟が放置されていたが、[[2007年]][[1月]]に加古川市によって解体・撤去された。