「グローバル・レスリング連盟」の版間の差分

(→‎経緯: 関係ない話、古い公式サイトの記述を除去)
GPWAはその設立意義からも、将来的にはプロレス界のコミッションとして活動することが目標となっており、プロレス界念願であった統一機構をGPWAが担うことになるのでは、という意見も多い。
 
また、かつては「[[日本プロスポーツ協会]](JPSA)」([[日本野球機構|プロ野球]]や[[日本相撲協会|大相撲]]、[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]、[[日本プロボクシング協会|プロボクシング]]など日本を代表するプロスポーツ連盟・協会が加盟している)に加盟していたプロレス界であったが、[[19902000年代]]に全日本・新日本両団体が脱退してからは加盟団体が無く、プロレス界は孤立してしまっている。このことを憂い、プロレス界を総括する連盟の必要性を訴えてきた元プロレスラーで[[衆議院議員]]の[[馳浩]]は、GPWAの設立を歓迎しており、三沢会長や仲田・中村の両首脳らと話し合い、陰ながら支援していくことを表明している。
 
[[GPWA第1回興行|共同興行第一弾]]が、2006年11月14日に[[後楽園ホール]]に於いて行われた。中継権を得た[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]が当日、CSチャンネル[[日テレG+]]にて生中継した。地上波でも通常の[[プロレスリング・ノア中継|ノア中継]]とは枠を変更して深夜放送された。大会は主に各団体の提供試合をはじめ、各団体が推している若手選手を中心にしたカードが2~3組まれており、次世代プロレスラーをプッシュすることが大きな要素となっている。
以降、連盟としての活動は一切発表・開催されてはいない。各団体・選手がGPWAの加盟・非加盟に囚われない交流を進めている事からその機能は形骸化している。さらに、[[2009年]]に入り、[[新日本プロレス]]、[[全日本プロレス]]、[[プロレスリング・ノア]]の3団体が共通ライセンス構想について会談を行い合意、[[三沢光晴]]の試合中の事故死を契機としてGPWAとは別に統一機構の設立を目指しており、その存在は有名無実化している。なお、三沢の死後もGPWAの会長人事については一切発表されていない。
 
[[TAKAみちのく]]のブログでは「現在休止中」と本人が発言している。連盟の活動を主導していた中村祥之はZERO -1 MAXの経営悪化に伴う再建活動が多忙化するなど各団体が連盟の活動に手が回らなくなった事などが原因と語っている。<ref>「[[kamipro]]」No.137([[エンターブレイン]]、2009年7月23日発行)</ref>
 
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