「コルテス (身分制議会)」の版間の差分

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== コルテスの盛衰 ==
このコルテスの最盛期は[[絶対王政]]の形成期、14世紀から[[15世紀]]であった。スペインがカスティーリャとアラゴンの2王国に編成され、最後に統一した後も、旧2王国には別個のコルテスが存続した。しかし都市と貴族は次第に王権に屈服し、[[17世紀]]になると次第に招集されなくなり、都市代表も王の指名に変わったため、実質的意義が失われた。[[1809年]]、第一次[[スペイン革命]]の過程で[[カディス]]において開かれたコルテス([[カディス議会]])は近代的[[国民議会]]の最初のものであり、その後もコルテスという言葉は残るが、もはや身分制議会ではなくなっている。
== 参考文献 ==
 
* A.R.マイヤーズ(宮島直樹訳)『中世ヨーロッパの身分制議会』刀水書房、1996年。
* 江島明「15世紀カスティリアにおけるコルテスの衰退と王領地の都市」『史学雑誌』92-3、1983年。
* 芝修身「中世スペインの身分制議会(コルテス)」『南山大学図書館紀要』3,1987年。
* 滝澤修身「コルテスの起源をめぐる研究史概観―カスティーリャ・レオン王国を中心に」『立命館文学』558、1999年。
* 滝澤修身「中世カスティーリャ・レオン王国におけるコルテスの起源」『立命館史学』22、2001年。
* 北濱佳奈「近世初期カスティーリャ王国コルテスについて―最近の研究動向より、フェリーペ2世時代を中心に」慶応大『史学』76-1、2007年。
* 北濱佳奈「フェリーペ2世期のカスティーリャ王国コルテスについて―制度史的考察の試み」『スペイン史研究』23。
== 脚注 ==
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