「岸慶」の版間の差分

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==経歴==
[[岸岱]]の長子として生まれ岸派の日本画を学ぶ。祖父・父同様[[有栖川宮|有栖川宮家]]に仕え、禁裏絵所に出仕、[[主殿寮]]生火官人として[[官位]]と長門介を拝領した。『[[平安人物誌]]』では[[文政]]13年([[1830年]])から[[天保]]9年([[1838年]])に載り、生前京都で高い評価を受けていたことがわかる。しかし、父岸岱より先に没したため、岸派の当主となることもなく、目立った活動は知られていない。画風は、岸駒以来の肥痩ある線を忠実に学んで再現している。
 
== 代表作 ==
* [http://www.pref.toyama.jp/sections/3009/3007/digitalmuseum/toyamanokaiga/edo_ato4.html 龍虎図屏風] ([[富山県]][[南砺市]]・善徳寺) 六曲一双 紙本墨画
 
==系譜==