「呉権」の版間の差分

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==死後の状況==
[[944年]]、呉権が死亡する。2人の子供、[[呉昌岌]]と[[呉昌文]]はまだ若く、中央の政権を堅持するための威信と力を持っていなかった。そこで官僚の[[楊紹洪|楊三哥]]が王位を簒奪し、平王を名乗った。そのため、呉昌岌は逃亡することになる。各党派がいたるところで起ち上がり、国は不安定な状態になった。
 
[[950年]]、呉昌文は将兵の支持を得て楊三哥を打倒し、王位を獲得した。その際に兄を招いて共に統治することしたのである。
*ファン・ゴク・リエン監修『ベトナムの歴史 ベトナム中学校歴史教科書』《世界の教科書シリーズ21》明石書店、2008年。
 
{{先代次代|[[呉朝]]の[[ベトナム帝王一覧|当主]]|初代:939年 - 944年|-|[[楊紹洪三哥]]}}
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[[Category:ベトナムの君主]]