「山川菊栄」の版間の差分

* [[大正]]4年([[1915年]]) [[堺利彦]]・[[幸徳秋水]]らの金曜講演会、[[大杉栄]]らの平民講演会を通して[[社会主義]]を学ぶ。
* 大正5年([[1916年]]) 社会主義運動家[[山川均]]と結婚。
* 大正7年([[1918年]])ころから始まった[[母性保護論争]]に参加、[[社会主義]]の立場から[[平塚らいてう]]・[[伊藤野枝]]らの運動を批判。女性論壇の第一人者となる
* 大正10年([[1921年]])4月 日本で最初の社会主義婦人団体「[[赤瀾会]]」を結成、同年メーデーに初参加。
* 昭和22年([[1947年]]) [[日本社会党]]に入党。9月1日、[[片山内閣]]のもとで[[労働省]](新設直後)の初代[[婦人少年局]]長に就任。
* 昭和37年([[1962年]]) [[田中寿美子]]らと[[婦人問題懇話会]]を設立。
*1974年『覚書 幕末の水戸藩』で[[大佛次郎賞]]受賞。
* 昭和55年([[1980年]] 死去
* 昭和56年([[1981年]] 彼女の業績を記念して、[[山川菊栄賞]]設立。
 
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