「ユリウス・トレーガー」の版間の差分

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'''ユリウス・トレーガー'''(Julius Tröger、[[1862年]][[10月10日]]-[[1942年]][[7月29日]])は、[[ドイツ]]の[[化学者]]である。
 
== 略歴 ==
[[Image:Trogerbasetwezer.gif|left|molecular tweezer scaffold]]
[[ザクセン王国]]の[[ライプツィヒ]]で生まれ、トレーガーは[[ライプツィヒ大学]]で[[1882年]]から[[1888年]]まで学んだ。[[博士課程]]の研究で、彼は[[1887年]]に、p-[[トルイジン]]と[[ホルムアルデヒド]]から、2,8-ジメチル-6H,12H-5,11-メタノジベンゾ-[b,f][1,5]ジアゾシンを合成した。この物質は、現在では[[トレーガー塩基]]として知られている。彼は、この新しい物質の構造を示せなかったため、新しい学部長の[[ヨハネス・ウィスリツェヌス]]は、彼のテーマに対してあまり良い評価を与えなかった。トレーガー[[塩基]]の構造が明らかになったのは、それから48年後だった。1888年、彼は[[ブラウンシュヴァイク大学]]で働き始め、引退する[[1928年]]までこの大学に勤めた。トレーガーは、1942年に[[ブラウンシュヴァイク]]で死去した。
 
==出典==
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