「髭茶屋追分」の版間の差分

英国外交官アーネスト・サトウが来訪した件の付記
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(英国外交官アーネスト・サトウが来訪した件の付記)
'''髭茶屋追分'''(ひげちゃやおいわけ)は、[[山科盆地]]内にある[[東海道]]([[三条通|三条街道]])と[[大津街道]](伏見街道)の分岐点([[追分]])である。'''山科追分'''(やましなおいわけ)とも呼ばれる。
 
==概要==
[[逢坂関]]より西に位置するものの古くより[[近江国]]と[[山城国]]の国境であり、現在でも[[滋賀県]]([[大津市]])と[[京都府]]([[京都市]][[山科区]])の府県境である。
 
 
分岐点には「右 京道、左 伏見道」の碑が建つ。
 
==歴史==
英国公使[[パークス]]の通訳官[[アーネスト・サトウ]]の著書によれば、彼(サトウ)が1867年(慶応3年)に[[東海道]]を大坂から江戸に戻る道中、追分を駕籠にて通過している。その際、 将軍への供出米を乗せた牛車を40台追い越したそうである。そして、追分から大津までの道路は[[牛車]]を通行可能にするためすべて[[石畳]]であったとのことである 
また彼は、追分の名物をあげれば、[[煙管]]と[[算盤]]と[[鳥羽絵]](一種の漫画)であると述べている<ref> アーネスト・サトウ『一外交官の見た明治維新(上)』坂田精一訳、岩波書店(岩波文庫)1990年、266~267頁</ref>。
 
== 最寄り駅 ==
* [[京阪電気鉄道|京阪]][[京阪京津線|京津線]][[追分駅 (滋賀県)|追分駅]]
 
==脚注==
<references />
{{東海道}}
{{DEFAULTSORT:ひけちややおいわけ}}
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