「台湾光復節」の版間の差分

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[[日清戦争]]での[[清|清朝]]の敗北により、[[下関条約]]([[1895年]][[4月17日]]調印)によって、台湾は[[清|清朝]]から[[日本]]に割譲され、その統治下に編入された。そして、[[第二次世界大戦]]での日本の敗北を受け、[[ポツダム宣言]]([[1945年]][[9月2日]]調印)に則って、[[1945年]][[9月9日]]に[[中華民国]]は[[南京市|南京]]で日本軍の降服を受諾し、[[10月25日]]に[[台北市|台北]]で台湾における降服を受諾する式典を行い、中華民国が台湾を接収した。
 
中華民国は、これをもって台湾が「中国」に「返還」されたとの立場をとっている。{{要出典範囲|しかし、[[日本国との平和条約]]([[1951年]])により正式に割譲を受けたのではないため、国際法上の裏づけを持たない一方的宣言にすぎないとする見方もある。逆に、ポツダム宣言を「台湾を領有する政府が、日本から中華民国に入れ替わった」裏づけになっているという見方もある。|date=2012年8月}}
 
==降服式典==
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