「セリム3世」の版間の差分

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===即位===
1789年、叔父に当たる第27代皇帝・[[アブデュルハミト1世]]が死去したため、その跡を継いで皇帝として即位する。
 
 
===内政改革と外圧===
 
===暗殺===
しかし、セリム3世の退位によってイスタンブルから退避したセリム3世派の人々は、ブルガリア北部のルーセを支配するアーヤーン(地方名士)・アレムダル・ムスタファ・パシャを頼っていた。彼らの要請を受け入れたアレムダルはセリム3世の復位を掲げて挙兵し、1808年7月にイスタンブルに迫った。
そして翌年に48歳で死去した。イェニチェリによる殺害。
 
ムスタファ4世はセリム3世の復位によって自身の帝位や命が脅かされることを怖れ、幽閉中のセリム3世を殺害させた。
 
 
{{先代次代|[[オスマン帝国の君主|オスマン帝国の皇帝]]|第28代:1789年 - 1807年|[[アブデュルハミト1世]]|[[ムスタファ4世]]}}