「東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線」の版間の差分

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== 歴史 ==
{{和暦|[[1936}}年]](昭和11年)[[9月25日]]の『内務省告示第五百十六號』(指定府縣道竝指定地方費道)により、前身である東京府道16號大森大師河原線・神奈川縣道6號田島羽田線・田島鶴見線が指定される。
 
田島羽田線の大師河原から先には、指定当時路面電車の[[海岸電気軌道|鶴見臨港鉄道軌道線]]が走っていた。指定の翌年、不採算や[[鶴見線|鉄道線]]との競合を理由に廃止となり、線路用地を使って拡幅整備が行われた。{{main|海岸電気軌道#廃線跡とその後}}
この頃、[[国道15号|京濱國道]]の交通飽和を緩和するために大森大師河原線と田島羽田線をつなぐ計画が持ち上がり、都県境で[[大師橋]]の架橋工事が進められていた。{{和暦|[[1939}}年]](昭和14年)、ゲルバー式三連トラス構造の大師橋(旧橋)が完成、府道16号線と田島羽田線は一体化された。
 
戦後、府から都に変わった東京都により都道の番号見直しが行われ、大森大師河原線は都道1号線となる。しかし{{和暦|[[1953}}年]](昭和28年)、都内側の大森交差点(現・[[大森警察署]]前交差点)と大鳥居交差点の間が[[国道131号]]に昇格。翌{{和暦|[[1954}}年]](昭和29年)[[1月20日]]の『建設省告示第十六号』(主要な都道府県道及び市道)で国道昇格済み区間を含めた大森大師河原線と田島羽田線、田島鶴見線の全部が主要地方道の指定を受け、現在の東京大師横浜線という名前に落ち着いた。{{see also|国道131号#歴史}}
 
その後、東京都が神奈川県に合わせる形で1号線から6号線に番号の変更があり、現在に至っている。{{main|東京都の都道一覧#主要地方道(1-68)}}
 
現在の東京都道・神奈川県道6号東京大師横浜線は、{{和暦|[[1993}}年]](平成5年)[[5月11日]]の『建設省告示第千二百七十号』(道路法第五十六条の規定に基づく主要な都道府県道及び市道)により、引き続き主要地方道として指定されている。
 
== 路線状況 ==
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