「ククテニ文化」の版間の差分

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'''ククテニ文化'''([[英語]]:''Cucuteni culture'')は、[[新石器時代]]後期の東ヨーロッパの[[考古文化]]。ククテニはルーマニアの地名で、他に'''トリポリエ文化'''(Tripolye culture:ウクライナの地名のロシア語名から)またはククテニ・トリピリャ文化(Cucuteni-Trypillian culture:同地名のウクライナ語名から)などとも呼ばれる。現在の[[ルーマニア]]・[[モルドバ]]・[[ウクライナ]]に当たる、[[カルパートティア山脈]]から[[ドニエプル川]]付近までの地方で、紀元前5500年~2750年頃に栄えた。19世紀末に発見され、当初はククテニとトリポリエにより別に命名されたが、現在では一連の文化とされている。
 
特徴的な遺物としては、独特の文様が画かれた彩色[[土器]](彩陶)が知られる。生活様式は、[[農耕]]と[[牧畜]]を中心とし、[[狩猟]]や[[漁労]]を交えたと考えられる。階級の分化はほとんど見られないが、比較的大規模な集落が作られ、中には人口が一万人を超えたと思われる[[都市]]もあった。家屋は木造で一~二階建。奇妙な特徴として、集落全体が数十年おきに故意に焼かれ作り直された例が多く知られる。この目的は不明であるが、集落の「死と再生」を意味する宗教的儀式ではないかとの考えもある。墓はわずかしか知られないが、集落中央部の宗教的なものと思われる建物に伴って見つかった例もある。
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