「中村紀洋」の版間の差分

 
=== 近鉄時代 ===
{{by|1992年}}、高卒新人ながら公式戦に出場しシーズン2本塁打を記録([[パシフィック・リーグ|パ・リーグ]]高卒新人で本塁打2本以上は[[清原和博]]・[[田中幸雄 (内野手)|田中幸雄]]以来6年ぶり)。{{by|1994年}}には故障した[[金村義明]]の代役として台頭。[[9月18日]]の[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム]]戦([[藤井寺球場|藤井寺]])で[[サイクル安打]]を記録した。プロ入り後初の三塁打がこの記録に結び付いた。
 
{{by|1996年}}から左手首の故障に悩まされる(これまでに左手首の手術を3回受けている)。{{by|1997年}}には、背番号を[[石井浩郎]]の着けていた'''3'''に変更。{{by|1998年}}には、リーグ2位の32本塁打を放ち、自身初のシーズン30本塁打達成。左手首の故障から完全復活を果たした。
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