「ルノホート2号」の版間の差分

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近年では科学者のAlexander Basilevskyが1973年の5月9日に探査車の開いた蓋の部分がクレーターの壁に接触し、土砂をかぶったためではないかと推測している。月の夜の間、蓋は閉じられることになっていたが、このとき土砂が絶縁[[ラジエーター]]の上に落ち、砂が放熱を妨げたためとされる。月の昼が来た時、実際にルノホートの内部温度は冷却不能であるかのように上昇しており、これによって探査車が故障し操作不可能になったと考えられる<ref>[http://www.airspacemag.com/space-exploration/other-moon.html "The Other Moon Landings", by Andrew Chaikin, (Air & Space Magazine, February/March 2004, pages 30-37]</ref>。
 
ルノホート2号は4か月にわたって運用され、37kmの高地や火星のを含む37kmの地域を探査走破し、86のパノラマ画像、80,000<!-- 80,000フレーム、の意味か -->を超えるテレビ映像を地上に送った。また、レーザーレンジング測定など多くの機械のテストや実験が期間中に完了した。37kmの走行距離は地球以外の天体で利用されている探査車などの車両の中でもっとも長い走行距離を維持している。なお、[[アポロ17号]]で使用された[[月面車]]の走行距離が35.89kmであり、現在運用中の[[オポチュニティ]]が34kmの距離を走行している。
 
== 現在の状況 ==
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