「霊友会」の版間の差分

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==分裂・分派発生と解釈の多様性の要因==
1950年前後、霊友会・小谷喜美は赤い羽根共同募金横領事件など、数々の犯罪事件を起こしている<ref name="Shinshuukyounenpyou" />。
創立者である[[久保角太郎]]によって発想された在家の菩薩行としての霊友会の修行体系の上記のような趣旨が、必ずしも正確に会員に徹底されていたとは言えない面もあるようである。
[[佛所護念会教団]]、[[妙智会教団]]、[[大慧會教団]]、[[法師宗]]などは、この時代に、霊友会を離れて独立した。
 
{{要出典範囲|date=2012年9月|創立者である[[久保角太郎]]によって発想された在家の菩薩行としての霊友会の修行体系の上記のような趣旨が、必ずしも正確に会員に徹底されていたとは言えない面もあるようである。
 
その要因の一つは、霊友会が個人一人一人の自らの体験を重んじ、理屈だけで分かった積りになる事を避ける為に、敢えて教条化された「教義」というものを提示せず、「人を見て法を説く」というポリシーを貫いたことにあると思われる。ただ、そのようなポリシー自体は、釈尊の基本姿勢に忠実に従ったものであり、本来、画期的であるとさえ言えるものである。しかし、その画期的なポリシー故に、人から人に伝わるうちに、様々な独自な解釈が入り込む余地を残してしまったことも否定できない。
 
[[久保継成]]は結局、会内部での改革をあきらめ、改革の趣旨に賛同した会員達とともに、[[在家仏教こころの会]]という別団体を設立する事になる。
}}
 
== 著名な信者 ==
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