「イギリス海軍」の版間の差分

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ところが、内戦で分裂した海軍には人材が残っておらず、議会派の大佐クラスの陸軍軍人を“ジェネラル・アット・シー”(General at Sea)に任命し、艦隊の指揮をさせた(この制度は王政復古後も暫く続いた)。その一人[[ロバート・ブレイク]]によって海軍は再建されたが、この再建は無計画な借金によって賄われており、その負債は王政復古後も残ることになる。
 
1660年、[[王制復古]]の宣言がされると、ロバート・ブレイクの死後ジェネラル・アット・シーの筆頭格だった[[ジョージ・ンク (初代アルベマール公)|ジョージ・ンク]]将軍([[:en:George Monck, 1st Duke of Albemarle|en]]、後に初代アルベマール公)が王党派に転じ、後任のジェネラル・アット・シーである[[エドワード・モンタギュー (初代サンドウィッチ伯爵)|エドワード・モンタギュー]]([[:en:Edward Montagu, 1st Earl of Sandwich|en]]、後に初代[[サンドウィッチ伯爵]])に対し、艦隊を率いて国王を[[亡命]]先の[[ネーデルラント連邦共和国|オランダ]]へ迎えに行くよう指示した。エドワード・モンタギューはこの頃地方に隠遁していたが、当時モンタギュー家の執事だった[[サミュエル・ピープス]]をロンドンに残し、彼を通じて議会の動向を把握しており、ンクの指示に従ってイングランド艦隊を掌握し、オランダから[[チャールズ2世 (イングランド王)|チャールズ2世]]を連れ帰った。
 
このように、イングランド海軍は王政復古に際して全艦隊を挙げて王党派に転じたため、チャールズ2世によってその忠誠を賞され、“ロイヤル”の称号が与えられ、'''ロイヤル・ネイビー'''となった。
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Image:Sfdrake42.jpg|[[フランシス・ドレーク]]
Image:George_Monck_1st_Duke_of_Albemarle_Studio_of_Lely.jpg|ジョージ・ンク。
File:Edward Montagu.jpeg|初代サンドウィッチ伯爵エドワード・モンタギュー。
ファイル:Samuel Pepys.jpg|サミュエル・ピープス
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