「サミュエル・ピープス」の版間の差分

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[[1660年]]、当時サミュエル・ピープスの雇い主だったエドワード・モンタギューは[[円頂党|議会派]]に任命されたジェネラル・アット・シー(General at Sea)<ref>革命の際、議会派に積極的に加わった提督が殆ど居らず、[[イングランド共和国]]では海軍を指揮する人材が不足したため、議会派の大佐クラスの陸軍軍人をジェネラル・アット・シーに任命し、艦隊の指揮をさせた。この制度は王政復古後も暫く続いた。</ref>の1人だったが、地方に隠遁していた。そして、ピープスが[[ロンドン]]に残り、議会の動向をエドワード・モンタギューに報告していた。
 
[[王政復古]]の宣言がされると、ジェネラル・アット・シーの筆頭格だった[[ジョージ・ンク (初代アルベマール公)|ジョージ・ンク]]([[:en:George Monck, 1st Duke of Albemarle|George Monck]])将軍が[[騎士党|王党派]]に転じ、後任のジェネラル・アット・シーであるモンタギューに対し艦隊を率いて国王を亡命先の[[ネーデルラント連邦共和国|オランダ]]へ迎えに行くよう指示した。ピープスからの情報により情勢を把握していたモンタギューは王党派に付くことを決断し、ンクの指示通りイングランド艦隊を掌握してオランダから[[チャールズ2世 (イングランド王)|チャールズ2世]]を連れ帰った。
 
チャールズ2世が王位に就くと、モンタギューはその功によって初代[[サンドウィッチ伯爵]](1st Earl of Sandwich)に叙せられた<ref>[[サンドイッチ]]の語源で知られる第4代サンドウィッチ伯[[ジョン・モンタギュー (第4代サンドウィッチ伯爵)|ジョン・モンタギュー]]はエドワードの末裔に当たる。</ref>。ピープスもモンタギューの推薦により、ネービー・ボード([[:en:Navy Board|Navy Board]])<ref>海軍委員会とも訳される。アドミラルティの下に置かれ、艦艇の建造や補修等、艦隊を管理する事務部門。</ref>の長官に任命された。ネービー・ボード長官になってもモンタギュー家の執事としての仕事を続けており、彼の日記には「役所の帰りにモンタギュー家の経理を処理した」と言った記述が見られる。
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