「ローストフトの海戦」の版間の差分

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ヨーク公のロイヤル・チャールズはオブダム旗艦や先頭艦隊と激戦を繰り広げ、イングランド艦隊が次々と援軍に駆けつけたのと対照的にオランダ艦隊の後続艦は旗艦から離れていき、ロイヤル・チャールズの砲撃で旗艦は爆発してオブダムは戦死、エヴェルトセンが指揮を引き継いだが、劣勢を覆せずオランダ本土の[[ロッテルダム]]郊外へ敗走、トロンプは戦場に留まり戦っていたが本隊の敗走を受け[[テセル]]を目指して離脱していった。
 
イングランド艦隊は1隻と300人から500人を失っただけで被害は少なく、オランダ艦隊に17隻、死者2000人から2500人、捕虜2000人もの大損害を与えて大勝利を飾った。しかし、戦後の会議で王位継承者であるヨーク公を危険に晒す訳に行かないというチャールズ2世らの判断でヨーク公は以後戦場に出ることは無くなり、イングランドで後方支援に回された。ルパートとサンドウィッチは海軍に残ったが、サンドウィッチは不正疑惑で[[スペイン]]大使に転属、かつて海軍を率いていたアルベマール公[[ジョージ・ンク (初代アルベマール公)|ジョージ・ンク]]がイングランド海軍に復帰した。オランダは海軍の再編成に全力を尽くし、オブダムの後任として[[ミヒール・デ・ロイテル]]を司令官に任命、翌[[1666年]]に反撃を試みイングランド海軍と再び戦端を開いていった([[4日海戦]])。
 
== 参考文献 ==
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