「バーナード・バルーク」の版間の差分

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== 概要 ==
ユダヤ系で[[理学療法]]の先駆者だった南軍軍医総監の[[サイモン・バルーク]]の家庭に生まれる。
第1次世界大戦では、ウィルソン大統領の側近として戦時産業局の長官となる。このとき、武器や軍事物資の購入を取り仕切り、莫大に儲けたといわれる。イギリスとフランスのドイツへの賠償要求には反対し、ウィルソンの[[国際連盟]]構想を支持した<ref>Leab, Daniel et al., ed. "The Great Depression and the New Deal: A Thematic Encyclopedia." ABC-CLIO LLC., 2010, p. 11.</ref>
 
ルーズヴェルト大統領はウィルソン大統領の影響を受けていたため、そのスタッフを自分の顧問にしていた。[[第2次世界大戦]]が始まり、軍事物資の供給が滞ったとき、ルーズヴェルトはバルークに助言を求めた。このときバルークは、内閣レベルで全ての物流を支配し、大統領がその全権を掌握するという強大な中央組織の創設を建言する。この方針に沿った機関の設立が進められ、1942年には[[ウォー・プロダクション・ボード]](WPB)が組織される。