「マリー・クヮント」の版間の差分

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[[ケント州]]で[[ウェールズ]]人の両親の元に生まれる。[[ロンドン大学]][[ゴールドスミス・カレッジ]]でイラストを学んだ。[[1955年]][[10月]]、夫[[アレグザンダー・プランケット=グリーン]]らとともに、[[ロンドン]]の[[キングズ・ロード]]に『バザール』という店を開いた。
 
1958年頃から、スカート丈を短くして『[[ミニスカート]]』(Miniskirts)として売り出したところ、大ヒットする。ミニとは、クヮント自身が大好きな英国車『[[Mini]]』から採用した。同時期に[[フランス]]で[[アンドレ・クレージュ]]も、クヮントと関係はないがミニスカートを世に出している。カラフルなデザインのタイツを考案したのは彼女が最初で、これは[[クリストバル・バレンシアガ]]にインスピレーションを受けたという。1960年代に入ってから、とびきり丈の短いホットパンツを考案。化粧品も売り出した。1957年にナイツブリッジに2号店を開店。
1962年にはアメリカ市場に進出した。1966年には化粧品のデザインも始め、MARY QUANT COSMETICSを発表、同年、大英帝国勲章(英国王室第4等勲章:OBE)を受賞した。1969年にはRoyal Designer for industry(RDI)に選ばれ、英国ファッションの多大な貢献が認められ殿堂入りした。
 
日本への展開は、1971年3月から化粧品を販売開始した。翌1972年には初来日した。以後、現在まで何度となく来日している。1983年にはレオタード、タイツ等のアパレルの発売も開始した。
 
 
1988年、Miniの内装デザインを担当。