「円周率の歴史」の版間の差分

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(1. 時代名: ノート:円周率の歴史#.E6.99.82.E4.BB.A3.E5.90.8D; 2. リンク切れ修正; 3. その他、細かい編集少々)
:'''[値]''' オランダの[[アドリアン・アンソニスゾーン]]が {{分数|333|106}} < {{π}} < {{分数|377|120}} と評価し、両端の平均に近い値として {{分数|355|113}} を得た。これは、約 3.14159 292 である<ref>[[#ベックマン2006|ベックマン 2006]], p.173.</ref>。
;[[1593年]]
:'''[値]'''(1615) [[フランドル]]の[[アドリアーン・ファン・ローメン]]({{lang|nl|Adriaan van Roomen}}, ラテン語名: ローマヌス)が、『数学的観念序説: 多角形法』の中で 3.14159 26535 89793 05 < {{π}} < 3.14159 26535 89793 15 に当たる評価を与え、{{π}} ≈ 3.14159 26535 89793 1 とした<ref>
{{cite book | first={{lang|la|Adrianus}} | last={{lang|la|Romanus}} | title={{lang|la|Ideae Mathematicae Pars Prima, sive Methodus Polygonorum}} | year=1593 | language=ラテン語 | url=http://hdl.handle.net/2027/ucm.5320258006 }}
</ref>。これは小数点以下15桁目まで正しい。アル・カーシーの世界記録16桁(1424)にはわずかに及ばなかったが、この時点でヨーロッパ最良の近似値であり、ビエトの結果(1579)の改良となっている。ただし、円周率の真の値は上記の区間に含まれておらず、厳密な評価ではない。計算は正251,658,240(=15×2<sup>24</sup>)角形を用いるものだった<ref>
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