「マドンナの歌手活動の歴史」の版間の差分

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'''マドンナの歌手活動の歴史'''(-マドンナのかしゅかつどう-れきし)は、[[アメリカ合衆国]]の[[歌手]]である'''[[マドンナ (歌手)|マドンナ]]'''の歌手としての活動の歴史である。
 
== 1982年 - 1985年: ソロ・デビューからライク・ア・ヴァージン ==
[[1995年]]、日本で[[宝酒造]]の[[焼酎]]「純」のCMに出演する。このCMでは未発表の楽曲が使用されている。9月には1995年度MTV ビデオ・ミュージック・アウォーズでシングル「テイク・ア・バウ」が最優秀女性ビデオを受賞。さらに、アルバム『[[ベッドタイム・ストーリーズ]]』が[[第38回グラミー賞]]にノミネートされる。11月には第2枚目のベストアルバム『[[ベスト・オブ・マドンナ~バラード・コレクション]](Something To Remember)』をリリース。自己初となるバラードだけを集めた作品で、マドンナの新たなイメージを見せつけるきっかけとなった。本作品には、全米ナンバーワンを記録した「マイ・プレイグラウンド」を始め[[マッシヴ・アタック]]と共演した[[マーヴィン・ゲイ]]のカバー曲「アイ・ウォント・ユー」、第一弾シングルになった「愛をこえて (You'll See)」など収録されている。売り上げは、全世界で900万枚を記録。この時期に映画『[[エビータ (映画)|エビータ]]』のサウンドトラックを録音する。
 
[[1996年]]2月には長年にわたって熱望していたミュージカル映画『[[エビータ (映画)|エビータ]]』の撮影が始まる。[[アルゼンチン]]の炎天下の中、精神的、肉体的にも過酷と言われた撮影が行なわれた。またこの頃に自分が妊娠している事を発見、さらに撮影を困難にする。出来上がった映画は総制作費60億円、85回に及ぶ衣装替えは映画史上最多を記録、ギネス世界記録に認定される。10月14日、待望の第一子が誕生する。名前は、ローデス・マリア・チッコーネ・レオン。ロスで知り合ったパーソナル・トレーナーのカルロス・レオンとの間に出来た長女である。
 
[[1997年]]、映画『エビータ』でマドンナの女優としての成果がついに認められ、第54回[[ゴールデン・グローブ賞]]のミュージカル・コメディー最優秀女優部門を受賞する。さらに、最優秀オリジナル主題歌部門など計3部門を受賞。さらに映画からの第一弾シングル「ユー・マスト・ラヴ・ミー」は[[第69回アカデミー賞]]で最優秀歌曲賞を受賞する。
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