「光原逸裕」の版間の差分

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Sotetsuyama (会話 | 投稿記録)
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{{by|2005年}}シーズンは新人ながら7勝を挙げ、[[7月13日]]の[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天]]戦で、プロ初[[完投]]・初[[完封]]を記録。チームの[[プレーオフ制度 (日本プロ野球)|プレーオフ]]進出争いに貢献したが、シーズン後半は右肩痛に見舞われて戦線離脱。
 
{{by|2006年}}は前年故障した肩の治療により出遅れ、8月から練習に復帰したものの一軍[[登板]]はなかった。{{by|2007年}}は5月3日の[[埼玉西武ライオンズ|西武]]戦で2年ぶりに一軍登板したが、2回までに5点の援護を貰ったにも関わらず、4回途中7失点で[[敗戦投手]]となった。5月10日の[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]戦でも打ち込まれ、その後のシーズンは二軍で過ごした。そして、9月16日のウエスタン広島戦で3回5失点で降板した際にベンチ裏のガラスを利き腕である右手で殴り、指5本のじん帯断裂の大ケガを負った<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/05/18/06.html オリに光原!1404日ぶり勝利で連敗止めた]{{リンク切れ|date=2012年10月}}</ref>。
 
[[File:OB-Atsuhiro-Mitsuhara.jpg|thumb|left|オリックス時代(2008年7月2日、舞洲ベースボールスタジアム)]]
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{{by|2010年}}は6月9日の[[読売ジャイアンツ|巨人]]戦に登板したが、わずか1イニングの間に[[阿部慎之助]]と[[亀井義行]]に本塁打を浴びてしまう。この年の登板はこの1試合のみにとどまった。
 
{{by|2011年}}1月22日、[[斉藤俊雄]]とのトレードで[[千葉ロッテマリーンズ]]に移籍<ref>[http://www.marines.co.jp/news/detail/6366.html 斉藤選手とオリックス・バファローズ光原投手のトレードについて] - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年1月24日</ref>。3試合に先発するがいずれも試合を作ることが出来ず敗戦投手となっている。3敗目となった5月のオリックス戦を最後に一軍での登板機会はなかった。2012年10月7日付けで戦力外通告<ref>[http://www.marines.co.jp/news/detail/10209.html 戦力外通告のお知らせ] - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2012年10月7日</ref>
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== プレイスタイル ==