「名鉄モ870形電車」の版間の差分

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[[1965年]](昭和40年)に[[札幌市交通局A830形電車|札幌市交通局A830形]]として[[日本車輌製造]]東京支店と[[東急車輛製造]]で6編成12両が製造された。2両固定編成で、2車体の間を中間台車でつなぐ[[連接台車|連接車]]だった。前年に製造された[[札幌市交通局A820形電車|A820形]]同様にヘッドライトを車体中央に寄せ、大型の窓を採用し、側面扉も大型のものを採用するなど[[札幌市営地下鉄]]のそれ同様「北海道らしさ」が目立つ車両で、「'''[[道産子]]'''」(どさんこ)と呼ばれ親しまれた。[[1966年]](昭和41年)には[[鉄道友の会]][[ローレル賞]]を受賞している。
 
しかし[[1976年]](昭和51年)、札幌市電の路線縮小や地下鉄開業に伴う運行体制の見直しにより、日車製の3編成が休車となり、東急製の3編成が[[岐阜市]]の路面電車を運営している名鉄へ譲渡された。
 
名鉄では寒冷地の[[北海道]]から暖地の[[岐阜県|岐阜]]へ渡った同車両を順応させるべく、まず側面の固定窓を開閉窓へ[[1978年]](昭和53年)までに取替えた。[[1988年]](昭和63年)に3編成の内1編成を[[廃車]]したが、[[1996年]](平成8年)~[[1997年]](平成9年)には残り2編成に車体更新(窓の小型化)、冷房化改造を施した。なお当初はZ形[[集電装置]](パンタグラフ)を備えていたが、更新工事の際に菱形のものに取り替えられている。塗色も札幌市電時代はベージュと緑の2色であったが、名鉄移籍後に同社の標準であるスカーレッ一色に改められた。
 
更に[[2000年]](平成12年)には、600V[[直流電化]]の美濃町線から1500V直流電化区間の[[名鉄田神線|田神線]]・[[名鉄各務原線|各務原線]]へ乗り入れできるよう[[複電圧車]]化工事を行い、同時に[[ワンマン運転]]対応にした。