「グレナダ侵攻」の版間の差分

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アメリカは在グレナダのアメリカ人医学生らの安全確保を大義名分とし、また国際的な賛同を得た行動である事を演出するため、[[東カリブ諸国機構]](OECS)加盟国の6ヶ国([[セントクリストファー・ネイビス]]、[[アンティグア・バーブーダ]]、[[ドミニカ国]]、[[セントルシア]]、[[セントビンセント・グレナディーン|セントビンセント・グレナディーン諸島]]、[[バルバドス]])と共同出兵する。グレナダに[[第75レンジャー連隊 (アメリカ軍)|レンジャー部隊]]、[[ネイビーシールズ]]、[[デルタフォース]]などの特殊部隊、[[アメリカ海兵隊|海兵隊]]など7,000人以上の部隊を送り、この作戦は「アージェント・フュリー(Urgent Fury、押さえ切れない憤怒)」と命名された。
 
アメリカ兵約7千人、OECSから300〜500人程度が投入され、グレナダ側はグレナダ兵約1,500人および[[キューバ]]人約700人(高度な軍事訓練を受け武装した建設労働者、および軍事顧問。人数は1,500人程度とも)。このほか、グレナダ国内に[[ソビエト連邦]]、[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]、[[ドイツ民主共和国|東ドイツ]]、[[ブルガリア人民共和国|ブルガリア]]、[[大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国|リビア]]から来た60人ほどの顧問がいた。また[[インド]]から200人、[[中華人民共和国|中国]]から82人の歩兵が戦闘に参加したという情報もある
 
10月25日午前5時に開始されたグレナダへの侵攻は、アメリカにとって[[ベトナム戦争]]以来初の大規模な軍事行動となった。[[宣戦布告]]は行われなかった。シールズが[[ポール・スクーン]]総督救出と通信基地破壊を実施、陸軍レンジャー部隊・海兵隊等がパールズ空港とキューバ兵が建設中であった[[ポイント・サリンス国際空港]]占拠、及び米国人医学生らの救出を行った。グレナダ各地で戦闘が行われたが、圧倒的な兵力のアメリカ軍は政府関連施設、空港、大学などの拠点を次々制圧した。
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