「ウェイクフィールドの戦い」の版間の差分

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'''ウェイクフィールドの戦い'''は[[1460年]]12月30日に[[ウェスト・ヨークシャー]]のウェイクフィールドでおこなわれた、[[薔薇戦争]]の主要な戦闘の1つである。[[マーガレット・オブ・アンジュー]]が名目上の指揮官となっている国王軍(ランカスター派)と、王位を要求する[[ヨーク公リチャード]]とその支援者(ヨーク派)による戦闘。
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この戦いの後、ヨーク公と彼の息子エドムンドとソールズベリー伯の頭は棒に刺され、[[ヨーク]]のミックルゲート・バー(英語:Micklegate Bar。この場合は「城門」)の上に晒された。ヨーク公の頭には紙の王冠を載せてあり、「ヨーク公にヨークの街を見下ろさせてやれ」という札を下げていた。
 
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== 戦いの影響 ==
ヨーク派の首領であるヨーク公の死は、ヨーク派にとって非常に大きなダメージになった。ただしここで、ヨーク公の長男であるエドワードを後継者として残してきたのは重要な結果を生んだ。エドワードは若いけれども、傑出した戦闘指揮官であり最高の政治家であると証明し、結局はイングランド国王[[エドワード4世 (イングランド王)|エドワード4世]]として君臨することになる。