「特別指定選手」の版間の差分

[[日本サッカー協会|JFA]]技術委員会が、上記3連盟の意向に基づき推薦選手を発表して各Jリーグクラブへ通達し、クラブ側は推薦選手、または指定選手としての加入を希望する選手を選び、当該選手の所属先のクラブと交渉し、合意が得られた場合、申請書・覚書・活動計画書・メディカルチェック結果を技術委員会に提出する。技術委員会で承認された場合、その旨がクラブ側に連絡され、またJリーグ選手証が発行される。
 
受け入れ先クラブには毎月活動報告書・翌月の活動計画書をJFAに提出し、承認を得る義務が生じる。もし報告書・計画書上における実績が制度上そぐわないと判断された場合、認定が解除される場合もある。[[日本サッカーリーグ]]末期に[[本田技研工業サッカー部]]や[[読売サッカークラブ]]・[[Jリーグ開幕]]当初に[[ヴェルディ川崎(現・[[東京ヴェルディ1969|東京ヴェルディ]]の中心選手や日本代表として活躍した[[北澤豪]]も中学時代は読売ジュニアユースに在籍。[[1984年]]春[[修徳高等学校]]に進学後はユースとの掛け持ちを認められず部活動に専念した事がこの制度の原点である。
 
当初このシステムは[[1998年]]に'''強化指定選手'''という名称で始められ、当初は高校生のみが対象だった。[[矢野隼人]]([[1999年]]指定、当時の所属は[[帝京高等学校]]、義務教育終了4年目)がヴェルディ川崎(現・[[東京ヴェルディ1969|東京ヴェルディ]])で出場したのが、この制度によって実際にJリーグの公式戦に出場した最初の例である。この前後にも毎年10人前後が強化指定を受けていたが、公式戦に出場できたのはごくわずかであった。
 
この反省に立ち、[[2003年]]から制度が変更され、現在の「特別指定選手」という名称に改められた。主な変更点は、大学生に対する門戸開放、指定期間の短縮(1年→4ヶ月)、Jリーグクラブからの能動的な申請(従来は協会側の推薦する選手に限られていた)などである。指定期間については、[[2004年]]からはさらに1ヶ月単位と短くなった。
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