「ニュースピーク」の版間の差分

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;A語彙群
:日常用語。ただし、意味の曖昧さや政治的意味は排除され、特定の具体的で明白な概念しか持たない。
:たとえば、「{{Lang|en|free}}」からは「政治的[[自由]]」「知的自由」の意味は排除され(そのようなものはイングソックの下では異端の思想であるため存在することはできない)、「シラミからfreeである(シラミがいない)」、「雑草からfreeである(雑草がない)」というような意味しか残っていない。
;B語彙群
:政治的目的のためにつくられた新語で、ほとんどは合成語。話者に対し好ましい思想を植え付けるためにつくられた。「{{Lang|en|Ingsoc}}」([[イングソック]]、もとは「イングランド社会主義」の略で党のイデオロギーの名)、「{{Lang|en|goodthink}}」(正統性・正統的に考える)、「{{Lang|en|crimethink}}」(思想犯罪、[[自由]]や[[平等]]などイングソックに反するあらゆる思想)、「{{Lang|en|oldthink}}」(旧思想、革命前の古い邪悪な思想、[[客観性]]や[[合理主義]]など)、「{{Lang|en|crimestop}}」(犯罪中止、頭の中の思想犯罪に通じる思考を中断させること)、「{{Lang|en|thinkpol}}」(シンクポル、思想警察)「{{Lang|en|goodsex}}」(健全な性、[[純潔]])、「{{Lang|en|joycamp}}」(歓喜キャンプ、[[強制収容所]]のこと)、「{{Lang|en|ownlife}}」(利己生活、孤独な行動など[[個人主義]]的な逸脱をすること)、「{{Lang|en|Minipax}}」(「平和省」、軍事と戦争をつかさどる省庁のこと)など。
:[[婉曲]]語法や意識的に正反対な意味の語がもちいられているのは、実態([[労働者]]の抑圧、家族の解体、各国が世界を分割支配し結託して永久戦争を続ける)とは矛盾した用語や思想([[社会主義]]、指導者に対する家族的愛情、オセアニアによる世界の制覇)をかかげることで、両方を意識的に信じることのできるオセアニア国の「[[二重思考]]」(ダブルシンク、{{Lang|en|Doublethink}})を支えるためのもの。
;C語彙群
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{{Quotation|2050年までには - たぶんもっと早めに - 旧語法に関する実際的な知識はことごとく消滅してしまっているだろうね。過去の全文学も抹殺されているだろう。チョーサー、シェイクスピア、ミルトン、バイロン - 彼らだって新語法の版でしか存在すまい。全く異質のものに変わっているばかりではない、実際にはもとの姿とは正反対のものにさえ変わっているのだ。党の文学だって変わるよ。スローガンも変わるね。自由の概念が廃棄されたら、「自由は屈従である」というスローガンの存在価値はあるだろうか。思想の全潮流は一変してしまうだろう。現実にいまわれわれの理解しているような思想は存在しなくなる。正統とは何も考えないこと - 考える必要がなくなるということだ。正統とは意識を持たないということになるわけさ|新語法の専門家サイムの、主人公に対する言葉(オーウェル『1984年』)<ref>新庄哲夫訳、ハヤカワ文庫版、69ページより引用</ref>}}
 
ニュースピークの基本的な原理は、表す言葉が存在しないもののことは考えることができない、ということにある。たとえば、自由の必要性を訴えたいとき、蜂起を組織するとき、これを言い表す「自由」や「蜂起」といった単語がなければ自由を訴えたり組織をつくったりすることは可能かどうかである。「われわれの言語の限界は、われわれの世界の限界でもある」ともいえる<ref>[[サピア=ウォーフの仮説]]を参照。ただし、この観点については異論や反駁がある。たとえば、「自由」という言葉がなくなっても概念はなくならず、何らかの形で「自由」という概念を表すための言葉が登場するはずという意見である。[[ジーン・ウルフ]]は[[新しい太陽の書]]シリーズの中の架空言語 Ascian language を通じてニュースピークのような観点に異論を唱えている。</ref>。
 
ニュースピークの最終版が完成し、普及した暁にはもはや党や政府に対し反抗を行うことはできなくなるであろうと考えられている。オーウェルは[[アメリカ独立宣言]]の有名な一節に対し、これを原文の意味を失わずニュースピークに変えるのは困難であり、せいぜい全文を「思想犯罪」の一語に置き換えるか、絶対権力の賞賛という正反対の意味へ全訳するしかないだろうと述べている。
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ニュースピークの構造、たとえば「バッド」を「アングッド」と言い換えるなどには、現実の[[人工言語]](オーウェルは1927年にパリに在住していたころに叔母のネリーこと[[:eo:Ellen Kate Limouzin|エレン・ケイト・リムージン]]と愛人の[[ユジェーヌ・ランティ]]([[:w:Eugène Lanti|Eugène Lanti]])らを通じて[[エスペラント]]と接する機会があったが、エスペラントでは「アングッド」と同様の形容詞の組み立て方がある)や[[軍隊]]などの用語<ref>たとえば、スウェーデン軍には「ofred」(「平和でない」:戦争の意味)や「obra」(「良くない」:悪いの意味)などの俗語がある。またオーウェルはインドで警察に、イギリスでは軍隊での勤務経験がある。</ref>の影響も指摘されている。これに対して、[[田中克彦]]は著書『エスペラント…異端の言語』のなかで、この作品は『言語的に拘束する目的があるという、偏見に満ちた反エスペラントのキャンペーン』であると批判しているが、あくまで田中個人の意見である。オーウェルは英語を含む、様々な言語にまつわる複数のエッセイを著しているが、エスペラントを含めた特定言語を批判した内容は存在していない。このため、エスペラントを創作上の参考にする事はあったとしても、それ以上の意図は無かったと考えられる。
 
『1984年』で指摘された政府による抑圧や管理は[[ソビエト連邦]]では実際に進行中であった<ref>エスペラント自体も弾圧され、多数の[[エスペランティスト]]が殺害されていた。</ref>。また、ソビエトが崩壊した現在も、形の違う抑圧や思想の統制、あるいは婉曲話法や略語の多用などは多くの国の[[政府]]や[[軍]]や[[政党]]、あるいは権威的存在によって多少の差こそあれ実施されている<ref>[[中華人民共和国]]など一党支配の国家や、権威主義体制国家だけでなく、アメリカやロシアのように強力な軍力を有する国家や、官僚主義的な国家、[[企業]]も同様である。</ref>。こうした婉曲話法は思想統制や管理体制に反発する人々によって「[[ダブルスピーク]]」と呼ばれ非難されている。
 
== 脚注 ==