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'''オヒョウ条約''' (オヒョウじょうやく、[[英語]]:Halibut Treaty) は[[1923年]]に[[カナダ]]と[[アメリカ合衆国|アメリカ]]間で締結された[[太平洋|北太平洋]]の[[漁業権]]に関する[[条約]]である。1923年[[3月2日]]締結<ref>{{Cite web |url=http://www.thecanadianencyclopedia.com/articles/halibut-treaty |title=Halibut Treaty |publisher=The Canadian Encyclopedia |accessdate=2012年11月29日}}</ref>。
 
==概要==
オヒョウ条約はカナダが[[イギリス]]から独立して交渉した最初の条約である。それまでは、カナダが条約を締結するときには常にイギリスに依存していた。この条約のことを知らされたときイギリス政府は先例通りカナダと一緒に署名することを望んだが、[[マッケンジー・キング]][[カナダの首相|首相]]はこれに抵抗した。彼はこの条約は純粋に[[カナダとアメリカ合衆国の関係|加米関係]]だけに関わるものであると主張した。キングはさらに[[ワシントンD.C.]]にカナダの代表部を設置し、イギリス抜きでアメリカとの関係を築くといって脅しをかけ、イギリスに条約のカナダによる単独署名を認めさせた<ref>{{Cite web |url=http://www.international.gc.ca/history-histoire/world-monde/1921-1939.aspx?lang=eng&view=d |title=Canada and the World: A History, 1921 - 1939: Between Two Wars |publisher=Foreign Affairs and International Trade Canada |accessdate=2012年11月29日}}</ref>。
 
オヒョウ条約の締結によってイギリスの[[植民地]]が独立の度合いを高めていく道筋がつけられた。その後、1926年の[[帝国会議]]では、[[自治領]]は「[[イギリス帝国]]における自立した共同体であり、互いに平等で、[[従属国|従属関係]]にはない」ことを認めた[[バルフォア報告書]]が発表された。さらには1931年の[[ウェストミンスター憲章]]によって、1865年の植民地法有効化法は廃止され、[[植民地]]に適用される法律を制定するイギリス政府の権限は取り除かれることになった。
 
==脚注==
 
{{DEFAULTSORT:おひようしようやく}}
[[Category:アメリカ合衆国の条約]]
[[Category:カナダの国際関係]]
[[Category:太平洋]]
[[Category:漁業]]
[[Category:1923年の法]]
 
[[en:Halibut Treaty]]
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