「比田井南谷」の版間の差分

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* [[1940年]](昭和15年) 大日本書道院展の参事となる。
* [[1945年]](昭和20年) 古文を基礎とし、はじめて抽象的な書表現の実験を行い、試作に対し「心線作品」と名付ける。
* [[1946年]](昭和21年) 現代美術協会展に『電のヴァリエーション』([[前衛書道|前衛書]]ほか2展を出品。
* [[1948年]](昭和23年) [[山枡康子]](のちの比田井小葩)と[[結婚]]。
* [[1951年]](昭和26年) 「個展」(養清堂画廊)。以後、東京のほかニューヨーク、サンフランシスコ、ワシントン、メルボルン等で「個展」14回。
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