「ブードゥー教」の版間の差分

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[[キューバ]]の[[サンテリア]]や[[ブラジル]]の[[カンドンブレ]]、[[マクンバ]]といった信仰の仲間である。もっとも近年はカリブから欧米への[[移民]]が相次いでいるため、欧米各国でも移民の一世、二世らによって信仰されている。
[[image:Voodo-altar.jpg|200px|thumb|ブードゥーの祭壇(ベナン、2008年)]]
「[[宗教]]」と規定されることも多いが、[[教義]]や[[聖典|教典]]がなく、また[[宗教法人]]として認可された教団も皆無で、布教活動もしないため、[[民間信仰]]といった方が現状に即しているといえる。その儀式は[[太鼓]]を使った[[ダンス]]や歌、動物の[[生贄]](いけにえ)、神が乗り移る「[[神懸かり]]」などからなる。ブードゥーを取り仕切る神官は、「オウンガン([[:w:Houngan|Houngan]])と呼ばれる。
 
[[サンテリア]]や[[カンドンブレ]]、アフリカの民間信仰なども含めたブードゥーならびに類似信仰の信者は、全世界で五千万人にも上るという。これは[[チベット仏教]]の三千万人を遙かにしのぐ数字である。<ref>ローズマリー・エレン・グィリー著 『魔女と魔術の辞典』 荒木正純・松田英訳/監訳([[原書房]] 1996年)</ref><ref>檀原照和著『ヴードゥー大全』([[夏目書房]] 2006年)</ref>
しかし、あくまでも白人による弾圧を逃れるために[[アフリカ]]の[[民間信仰]]の文脈の中に表面上、[[キリスト教]]の[[聖人信仰]]が組み込まれただけなので、信仰の骨子はアフリカ時代とほとんど同じである。(厳密には[[アイルランド]]起源の[[ドルイド教]]の影響も大きいとみられる。後述するバロン・サムディという神格やフェッテ・ゲデという行事には、ドルイド教の影響が見られる。またカトリックと切り分けのむずかしい「民衆キリスト教」の影響も無視しがたい)
 
[[File:Mackandal coin haiti.jpg|left|thumb|200px|ブードゥーの始祖、マカンダルの記念硬貨(1968年)]]
ブードゥーの基礎は、[[ハイチ]]で発展した。ハイチで奴隷化されたフォン人たちは[[マルーン]](逃亡奴隷)となって山間に潜み、逃亡奴隷たちの指導者[[フランソワ・カンダル]]([[:w:François Mackandal|Mackandal]])がブードゥーを発展させた。一方、[[カトリック教会]]は[[植民地]]時代からブードゥーを「奴隷の邪教」として徹底弾圧し続けた。伝道者の逃亡奴隷マカンダルも火焙りにされている。20世紀に入ってもブードゥーは非合法化されたままで、信者やオウンガン(神官)は逮捕・投獄された。やがてブードゥー教徒たちは、「キリスト教を隠れ蓑にして白人の目をごまかす(土着[[キリスト教]])」という手段によって、この弾圧を逃れることとなった。これは、ブードゥーのオウンガンの夢に現れたマカンダルのお告げによると伝えられる。
 
[[image:Voodo-fetischmarkt-lome.jpg|thumb|200px|ブードゥーの呪物の販売([[トーゴ]]共和国の[[ロメ]]、2008年)]]