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'''ガルガンチュワとパンタグリュエル'''(Gargantua, Pantagruel)
フランス・[[ルネサンス]]期の[[人文主義者]][[フランソワ・ラブレー]]が描いた物語『ガルガンチュワ物語』『パンタグリュエル物語』のこと。<!--渡辺一夫訳、白水社版のタイトルを採用---->
==概要==
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:当時ベストセラーになっていた著者不明の『ガルガンチュワ年代記』をヒントに書いたもの。パンタグリュエルはガルガンチュワの子である。▼
:Horribles et épouvantables Faits et Prouesses du très renommé Pantagruel
*1534年(1535年?) 『ガルガンチュワ物語』出版▼
▲:1532年(?)出版。当時ベストセラーになっていた著者不明の『ガルガンチュワ年代記』をヒントに書いたもの。パンタグリュエルはガルガンチュワの子である。
:こちらの方が執筆・出版とも後だが、内容的にみてこちらを「第一之書」と呼び、『パンタグリュエル物語』の方が「第二之書」とされる。「テレームの僧院」の章は一種の[[ユートピア]]物語であり、僧院の唯一の規律は「汝の欲するところを行え」であった。▼
:La vie très horrifique du grand Gargantua, père de Pantagruel(パンタグリュエルの父、ガルガンチュワのおそろしい生涯)
▲:1534年(1535年?)出版。こちらの方が執筆・出版とも後だが、内容的にみてこちらを「第一之書」と呼び、『パンタグリュエル物語』の方が「第二之書」とされる。「テレームの僧院」の章は一種の[[ユートピア]]物語であり、僧院の唯一の規律は「汝の欲するところを行え」であった。
*1543年 パリ大学より禁書処分を受ける(「[[禁書目録]]」に掲載される)
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:1546年出版。家臣パニュルジュの結婚問題をきっかけに「[[コキュ]](妻を寝取られた夫)にならないために」を巡ってプラトン対話篇ばりの議論が繰り広げられる。
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:1548年に途中の章までの不完全版を出版、1552年に完全版出版。「徳利明神」を尋ねてパンタグリュエルが航海に出る。
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:1564年出版。ラブレーの死(1553年)の後に刊行されたもので、内容は航海記の続き。偽書とも、ラブレーの遺稿をもとにして別人が加筆したのではないかとも言われる。▼
▲:内容は航海記の続き。偽書とも、ラブレーの遺稿をもとにして別人が加筆したのではないかとも言われる。
== 邦訳 ==
*フランス文学者、[[渡辺一夫]]による日本語訳が出ている。言葉の洪水(卑猥な俗語の羅列等)や難解な古代ローマ法の議論などに悩みつつも、第二次世界大戦中から戦後にかけて、かつて翻訳不可能といわれた本書の完訳を遂げた。(1964年に読売文学賞を受賞)
*ラブレーといえば渡辺訳であったが、宮下志朗による新訳がちくま文庫から出た。第五之書を略した4巻本である(2005年1月第1巻『ガルガンチュア』刊行、2006年2月第2巻)。
[[de:Gargantua und Pantagruel]]
[[en:Gargantua and Pantagruel]]
[[fr:Pantagruel]]
[[he:גרגנטואה ופנטגרואל]]
[[nl:Gargantua en Pantagruel]]
[[pt:Pantagruel]]
[[zh:巨人传]]
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