「ラカイン州」の版間の差分

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{{main|{{仮リンク|チッタゴン丘陵地帯紛争|en|Chittagong Hill Tracts Conflict}}}}
1950年代から、ラカイン地方の分離([[:en:secession]])独立を回復するための運動が活発になった。この感情をなだめる役割のひとつとして、[[1974年]]、[[ネ・ウィン]]の社会主義政権は、アラカン地区からラカイン州を構成し、地域の多数派のラカイン族に名目上の自治権を与えた。[[ムジャーヒディーン]]と自称しているイスラム分離主義勢力<ref>主要構成員はかつて傭兵であったムスリム系{{仮リンク|カマン (部族)|en|Miju Mishmi tribe|label=カマン}}である。このカマンとロヒンギャの関係がリンクして国籍問題となっているのが後述の{{仮リンク|ロヒンギャ族問題|fr|Persécution des Rohingyas}}である。</ref>もまた[[イスラム教]]の[[バングラデシュ]][[ベンガル地方]]に隣接する国境地域でイスラム国家樹立を目的とする反乱を継続している。これに対する弾圧で生じた難民問題が、国連でも無国籍扱いになっている、[[ロヒンギャ|ロヒンギャ族]]問題である。同様の難民問題は、バングラデシュからインドの[[トリプラ州]]へ流入する[[ベンガル人]]問題でもみられている。バングラデシュ政府による[[チッタゴン管区]]の少数民族居住地での同化政策や、ダム建設による10万人近い住民の強制立ち退きも、両国の難民に共通する背景である。うち2万人がミャンマーへ、4万人がインドへそれぞれ難民として移住している。[[2012年]][[6月8日]]には、ロヒンギャ族と仏教徒との対立が激化。大規模な衝突が発生し、ラカイン州には[[非常事態宣言]]が出された({{仮リンク|ラカイン州暴動 (2012年)|en|2012 Rakhine State riots}})
 
{{main|{{仮リンク|中国・ビルマ・パイプライン|en|Sino-Burma pipelines}}|{{仮リンク|真珠の首飾り作戦|en|String of Pearls (China)}}|{{仮リンク|ココ島 (ビルマ)|en|Coco Islands|label=大ココ島}}|{{仮リンク|ミッソン・ダム|en|Myitsone Dam}}|{{仮リンク|カチン独立軍|en|Kachin Independent Army}} (KIA)}}
[[21世紀]]初頭から、[[中華人民共和国]]のエネルギー資源計画にもとづいた{{仮リンク|中国・ビルマ・パイプライン|en|Sino-Burma pipelines}}と大型船が寄港可能な港湾施設の建設が始まった<ref name="telegaph">Graeme Jenkins. [http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/01/14/wburma114.xml ''Burmese junta profits from Chinese pipeline''], Telegraph, 2008年1月14日(2010年6月20日閲覧)</ref>。{{仮リンク|チャウッピュー|en|Kyaukpyu}}の港湾([[チャウピュ港]])で[[ポートスーダン]]からの石油を陸揚げ可能になり、石油パイプラインで[[昆明]]まで輸送が可能になる。
 
== 地理 ==
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