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デトロイトは[[1805年]]から計画都市として[[ジャッジ・ウッドワード]]によって都市設計され、その後[[チャールズ・ブレッシング]]へと引き継がれる。元々、[[馬車]]や[[自転車]]製造が盛んだったが、[[1899年]]に自動車工業が興る。そして[[1903年]]に[[ヘンリー・フォード]]が量産型の自動車工場を建設、「[[フォード・モデルT|T型フォード]]」のヒットとともに全米一の[[自動車]][[工業都市]]として発展した。後に[[ゼネラルモーターズ]]、[[クライスラー]]が誕生、[[フォード・モーター]]と共に[[ビッグ3]]と呼ばれた。市はモーターシティと呼ばれるようになり、全盛期には180万の人口を数えた。その半数が自動車産業に関わっていた。
 
だが[[1967年]]7月には[[アフリカ系アメリカ人]]による大規模な{{仮リンク|デトロイト暴動 (1967年)|en|1967 Detroit riot|label=デトロイト暴動}}が市内で発生し多数の死傷者を出し、[[ホワイト・フライト]](白人の郊外への脱出)が盛んになった。[[1970年]]代頃から安価で安全、コストパフォーマンスに優れた[[日本車]]の台頭により自動車産業が深刻な打撃を受けると、企業は社員を大量解雇、下請などの関連企業は倒産が相次ぎ、市街地の人口流出が深刻となった。同時に、[[ダウンタウン]]には浮浪者が溢れ、治安悪化が進んだ([[インナーシティ]]問題と呼ばれる)。[[日本]]が[[バブル景気|バブル]]を謳歌していた頃、特に市況はどん底に陥っていた。荒れ果てた市街地を逆手に取り[[映画]]「[[ロボコップ]]」などのモデルとなったのもこの頃である(実際にロケを行ったのはさながら未来都市の景観を呈していた[[ダラス]]であった)。
 
事態を重く見た市は、[[1990年]]頃から大規模な[[摩天楼]]が林立する[[ルネサンス・センター]](GM本社がテナントに入った)をシンボルに都市再生を目指し、ダウンタウンには[[ピープルムーバー]]と呼ばれる新都市交通が設けられている。日本[[領事館|総領事館]]も、邦人から治安のいい郊外に設置するよう強い希望があったが、デトロイト市行政当局の運動に協力する意味合いを含めて市街地に設置した経緯がある。また、自動車以外の産業を育てるべく、[[映画産業]]の振興も行った<ref name="nikkeibp20090615"/>。
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